活力循環とは?

2017年7 月 7日

NO.215-1(メインコラム)いつの間にか

先日の6月30日、日本経済新聞の朝刊2面に、「アメリカのアマゾンが高級スーパーのホールフーズを買収する」

との記事が出ました。

 

その記事の一部を抜粋します。

 

『米アマゾン・ドットコムが高級スーパーのホールフーズ・マーケットを傘下に収める。

1.5兆円を投じる買収劇はネット上の仮想店舗でモノを売る小売業が実店舗に進出する象徴的な

出来事だ。

米国では自動車や医療など各種産業で「ネット」と「リアル」の融合が進む。

だが流れはそこで終わらない。

起きているのは産業の垣根を越えた企業の新陳代謝だ。

(中略)

アマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)は

ホールフーズ買収の狙いについて、沈黙を守っている。

だが店舗を生かしてアマゾン流のビジネスを拡大するとの予想が主流だ。』 

 

さて今回のこのアマゾンの戦略について更に調べてみますと、

業界内では次のことが噂されています。

 

「アマゾンが世界中のリアル店舗(コンビニ、スーパー)の覇権を狙って、近い将来、

小売店向けシステムの外販を計画している。今回の買収の狙いは、そのシステムの完成に向けた

実験を行うことにある。」と。

ではどんなシステムなのか?

 

【ネット】

お客に、来店前に「商品の選択と決済」をスマフォ上のアマゾンカウントで済まさせてしまう。

【リアル】

お客来店時に、店内に設置されたカメラ、センサー、AI(人工知能)を駆使して商品とお客を自動で

マッチングさせ(商品引き取りを行い)、小売店の「レジ無し化」を実現する。  

 

以上、どう思われますか?

 

数年前までのアマゾンでしたら、

「新興会社が、しかも専門外分野で、そんな大それたことを」と誰もが思いましたが、

冒頭の新聞記事が出た2017年6月30日時点の「世界の時価総額ランキング」を確認し

てみますと、

(因みに時価総額とは、「発行済み株式数×その時点の株価」で算出され、

「市場から見た企業価値」を表すものです。)

 

いつの間にかアマゾン・ドットコムは、世界4位の462.68(単位10億ドル)。

・日本トップのトヨタ自動車は、いつの間にか世界48位の144.52(単位10億ドル)。

いつの間にか市場は、アマゾンに対してトヨタの3.2倍の企業価値を付けています。

  

【時価総額ランキング(2017年6月30日時点、単位10億ドル)】

(1)アップル(アメリカ) 750.90

(2)アルファベット(アメリカ) 635.84

(3)マイクロソフト (アメリカ) 532.18

(4)アマゾン・ドットコム (アメリカ) 462.68

(5)フェイスブック (アメリカ) 437.57

(6)バークシャー・ハサウェイ (アメリカ) 418.31

(7)アリババ・グループ・ホールディング (中国) 356.39

(8)ジョンソン&ジョンソン (アメリカ) 356.37

(9)エクソン・モービル (アメリカ) 342.07

(10)テンセント・ホールディングス (中国) 339.42

  ・

  ・

  ・

(48)トヨタ自動車 (日本) 144.52

 

以上、どう思われますか?

 

我々もいつの間にか「ゆでガエル」にならぬよう、AI新世紀のこそ、

起きていることに目を向け、その先を自分の頭で考え、判断し、行動すること」

が求められているのかもしれません。

 

さて、冒頭の日本経済新聞の記事。記者は次のように締めくくっています。

それを最後にご紹介します。

『ベゾスCEOは創業精神の衰えを「死を伴う停滞」と表現する。

業態論を越えた鬼気迫る成長への覚悟が産業地図を塗り替える。

ホールフーズの買収は日本企業にとって対岸の火事ではないはずだ。』と。

2017年6 月23日

NO.214-1(メインコラム)「趣味のAI]

NHKの番組に「趣味の園芸」という50年以上も続く長寿番組があります。

専門家が季節の植物を紹介してその育て方や楽しみ方を分かりやすく解説する番組です。

その番組の趣旨にあやかって今回のテーマ名を「趣味のAI」としました。

 

まず、「趣味のAI」の「趣味」について 私の思うことを。

ウィキペディアに「趣味」とは、

人間が自由時間(生理的必要時間と労働時間を除いた時間、余暇)に、好んで習慣的に繰り返し

おこなう行為、事柄やその対象のこと。』と出ていますが、

私は、「生理的必要時間や労働時間中であっても、それを好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、

であれば それは趣味である」と勝手に思っています。

どうでしょうか?

 

では、実際お会いした人に「あなたの趣味は何ですか?」と質問すると、

どんな答えが返ってくるのでしょうか?

私の経験では次のどちらかの人が多いです。

・「えっ 趣味ですか?」と聞き返して「なんだろう?」で暫く答えが出てこない。

・「えっ 私ですか?」と聞き返して「なんだろう?」で暫く答えが出てこない。

私は、「自由時間に自分が好んで習慣的に繰り返しおこなう行為」に関して、

多くの人が日々に追われ普段あまり気に留めていないのだと思っています。

どうでしょうか?

 

次に「趣味のAI」の「AI」について 私の思うことを。

皆さんご存知のように現在、囲碁界、将棋界においてAIの圧倒的な実力の前に名人が敵わなくなっています。この結果は、AIの製作者が、

①過去に人が打った大量のデータを入力してディープラーニング(深層学習)させる。

②AI同士を継続的に自己対局させてレベルアップ(強化学習)させる。

この2つの手法を組み合わせて「自分のAI」を「無敵のAI」に育て上げたことで

可能になったと言われています。

そしてこの2つの手法を誰もが簡単に使いこなせる時代が目前に来ているとも言われています。

 

私は、こうした流れの中で近い将来(10年以内に)、

「自分のAI」に自分で栄養分(データと学習機会)を与えて、AIを自分の手で育成する楽しみを紹介する「趣味のAI」という番組が登場すると考えています。

 

その番組が扱うジャンルは囲碁、将棋にとどまらず、

「多くの人が一番おいしいと感じる〇〇料理のレシピ」の育てかた

「一番ガンにならない生活習慣」の育て方

「一番当たる今日の運勢」の育て方

「一番成功確率が高いブルーオーシャンな新サービス」の育て方

「一番確実な株式投資先」の育て方

 

など人の趣味興味を反映してさまざまなジャンルを扱います。

 

現在、マスコミは「AIが人の仕事を奪う」と「AI脅威論」を盛んに喧伝していますが、

私は、AIを自分の手の内に入れてしまえば楽しくなると思っています。

どうでしょうか?

 

さて最後に、私事(わたくしごと)ですが、

私は人から「アナタの趣味は?」と聞かれると、

これまでは、

「人・本・地方・酒場」と答えていましたが、

 

最近は、少し照れながら、

「人・本・地方・酒場、とAI」と答えています。

 

ところでアナタの趣味は 何ですか?

AIを追加してみませんか?

本年10月に予定している久我山亭「AI勉強会」にご興味ありませんか?

2017年5 月29日

NO.213-1(メインコラム)社会とつながる力

私は、資料を作成する時、集中するための適度な雑音を求めて、自宅近くの3つの図書館(杉並区の宮前図書館、武蔵野市の吉祥寺図書館、中野区の中央図書館)を利用しています。

また、仕事関係の本を読む時は、これまた適度な雑音を求めて、自宅近くの喫茶店(ドトールかスタバ)を利用しています。

 

この近所の図書館と喫茶店で4~5年ぐらい前から変化が起こっています。

 

図書館では、

3つの図書館とも1Fに「さまざまな分野の雑誌」と「各社の新聞」を自由に閲覧できるコーナーが有るのですが、現在このコーナーは高齢者の方々でいっぱいです。開館時から、長い人は夕方まで、複数の雑誌と新聞を丹念に読み続けています。

 

喫茶店では、

試験勉強をしている高校生達に交じって、一杯分のコーヒー代を払った沢山の高齢者が、長い時間を掛けて、持参した本を読み続けています。

 

私の地元では、図書館や喫茶店が、団塊の世代を中心とした高齢者の方々の居場所になっているのです。

 

そしてこの高齢者の人たちに共通していることが2つあります。

それは高齢者の皆さんはいずれも「男性」で「独りで来ている」ということです。

 

ひょっとして「独り」を楽しんでいるのかもしれませんし、

何か「目的」があって調べものをしているのかもしれませんが、

いつも同じお顔を拝見するので、何か「もったいなさ」を感じてしまいます。

社会にとっても、ご本人にとっても。

 

さて、本日のテーマを「社会とつながる力」としました。

私は、人生90年時代の21世紀において、このテーマは国民的テーマであると

考えます。

 

まず「社会とつながる力」の「社会」とは何を指すのか?

「社会」の意味を広辞苑で確認すると、

「家族、村落、ギルド、教会、会社、政党、階級、国家などが主な形態

と出ています。

 

つまり「社会とつながる力」が弱い人とは、

上記の主な形態とのつながりが弱いため、そこに居場所のない人、

という見方も出来ます。

よって「社会とつながる力」が弱い人は「独り」になる可能性が高いのではないか。

 

 

では次に「社会とつながる力」の「つながる力」とは「どのような力」なのか?

 

私はその力を次の「X」と「Y」と「Z」の掛け算である、と定義しています。

「社会とつながる力」=(自分の得意技)×(社会や他人のニーズ)×(人脈)

です。

40代、50代向け「セカンドキャリア研修」を実施して感じるのは、

「X」と「Y」と「Z」の各レベルを、A(優)、B(良)、C(不可)と3ランクに分けた場合の参加者の方の各レベルが、

「X」はAかBかCランクにばらけるのに対して、「Y」と「Z」は殆どの方がCランク、というアンバランスさです。

 

なぜそうなるのか?それは40代、50代の多くの方が

「Xのレベルを高めるための行動」には関心が高いが、

「Yの感性を磨くための行動」や「Zを構築するための行動」に対する観念が薄いという事です。

無理もありません。

長~い長~いサラリーマン生活の習いで、「社外のY」や「社外のZ」に対する観念はどうしたって希薄になります。

 

そこで私は、上記の研修の中で、

「40代、50代の現役の内に『社会とつながる力』を鍛えていただく」ために、

「YとZの重要性の理解⇒腹落ち⇒YとZを高める行動案の作成」を実施しています。

 

さて、最後に明治の文豪 夏目漱石の『断片』(大正四年)の中に

この「X」と「Y」と「Z」に関して示唆に富む文章があります。

最後にこれを紹介させていただきます。

『技巧の変化(右、左、縦、横、筋違)、そうしていずれも不成功の時、どうしたら成功するだろう? という質問を出してまた次の技巧を考える。そうして技巧はいかなる技巧でも駄目だということには気がつかず。人間の万事はことごとく技巧で解決のつくものと考える。そうしてすべての技巧のうちどれかが中(あた)るだろうと思う。彼らが誠に帰るのはいつの日であろう。彼らは技巧で生活している。あたかも、水の中に生活している魚が、空気という観念がないにどうしたら地上を歩くことができるかと工夫するようなものである。』

                                                         以 上

2017年5 月12日

NO.212-1(メインコラム)起承転結

第一話(起)

先日たまたま自分の手帳をパラパラめくっていたら、

こんなことが書いてあるのを見つけました(出所は書き忘れており不明)。

 

『5年計画を作っているのは旧ソ連ぐらい。

 新規事業にとって計画や分析は必要十分条件ではない。

キーワードは

①MVP(実用最小限の製品・サービス)を作り試す

②顧客からのフィードバック(実験)

③仮説検証と学習

 これを答えが出るまで繰り返す。』     

                    以上

 

なるほど、新規事業を夢に置き換えたら、

けっこう人の生き方と似ているかも・・・・・・・・・・。

 

 

第二話(承)

先日たまたま自宅でテレビを観ていたら、

ビールのCMで、所ジョージに対して別のタレントが質問して、

所ジョージがそれに短い言葉で答えるという禅問答のようなシーンがありました。

 

『他のタレント「夢とは?」

 所ジョージ「急に持たない方がいい。 

       いろんなことをやっているうちに見えてくるもの」』

 

『他のタレント「運命とは?」

 所ジョージ 「答えが見つからなかった時に使う言葉

        諦めた時に言ってしまうよね 運命って」』

                               以上

 

 

第三話(転)

先日たまたま自分の手帳をパラパラめくっていたら、

こんなことが書いてあるのを見つけました。

体験して はじめて身につくんだなあ(相田みつを)』

つまずいたっていいじゃないか にんげんだもの(相田みつを)』 

                                      以上 

 

 

第四話(結)

先日ふっと言葉が出てきました。

つまりこういうことかな? どうだろう 無理ないかな?(苦笑)

 

『バッターボックスに実際立ってみて

 バットを振ってみなくちゃ分からないよね。

 体験してはじめて身につくんだよね。

 夢の捕まえ方って。』

 

『自分の責任で答えが見つかるまで仮説検証と学習を続けることだよね。

 答えが見つからないのを運命のせいにしてしまったらそこまでだよね。

 何度つまずいたっていいんだよ オレたち にんげんなんだから。』 

                                         以上

 

2017年4 月25日

NO.211-1(メインコラム)The last piece of the jigsow(puzzle)の見つけ方

今回のタイトルは、「The last piece of the jigsow(puzzle)の見つけ方」 です。

 

ジグゾーパズルをやったことが無い方はいらっしゃらないと思います。

開始そうそう2つ目のピースが見つからずイライラしてゲームを諦めてしまったこと、ありませんか? 

ピース数の多いものは特に見つかり難いですよね。

 

子供のころ堪え性の無かった私は、序盤のこのイライラでゲームを投げ出してしまったことを覚えています。

 

さて今回のタイトルにあるThe last piece of the jigsow(puzzle)、

直訳すると「ジグゾーパズルの最後の一片(ピース)」ですが、

英語圏ではこれを比喩(ひゆ)的に

「何かを完成させるために必要な最後の要素」あるいは「問題解決のための最後の鍵

という意味で使われています。

 

さらにこの比喩的表現が言わんとするのは、

『ゲーム序盤、中盤において決して姿を現すことの無い「最後のピースX(「最後の鍵」)」が、

残り1つまで詰めた状態にしてほっておけば、そのうちXは自分から姿を現す。』

ということです。

 

では仕事の中で見てみましょう。

「何かを解決したい。でもどうしたら解決できるのか? 決めてのXが何か分からない」

と言う時どうするか?

この場合も同じことが言えます。

解決するために必要なものは何か? 

まずは、分かっている要素を並べて置いておく。

要素A + 要素B + 要素C +(要素X)=〇〇の問題を解決したい

 

必要な何かが足りない この(要素X)は何か?

 

あとは、脳が勝手に働くのに任せてほっておく。

するとあら不思議、それまで正体が分からなかった「最後の鍵となる要素X(The last piece)」が頭の中に姿を現します。

 

さいごは、それを嵌(は)め込んで問題解決です。

 

どうでしょうか?

 

ではキャリアの中で見てみましょう。

「自分がやりたいことを成し遂げたい。でも何を身に付けたら成し遂げられるのか? 

決めてのXが何か分からない」と言う時どうするか?

自分の能力、経験は何か?

自分の足りない能力、経験は何か?

まずは、思い付くものを書いてみましょう。

 専門A + プチ専門B + プチ専門C +(専門X)+ 教養①=〇〇を成し遂げたい

 

必要な何かが足りない この(専門X)は何か?

 

この場合も、この未完成の状態のまま、あとは脳が勝手に働くのに任せてほっておく。

するとそのうち「最後の鍵となる専門X(The last piece)」は自分から正体を現します。

 

さいごは、それを嵌(は)め込んで行動計画完成です。

 

さいごに「最後のピースX」のお話をもう1つ。

私事ですが、

昨年の春、「これまで自分が1度も行ったことの無い都道府県はどこなのか?」という問題がふっと頭の中に浮かびました。

さっそく自分の記憶を辿りながら日本地図を前にして確認を始めました。

 

すると1度も行ったことが無かったのは「秋田県」「鳥取県」「島根県」「徳島県」の4県であることが判明しました。

  

もし行ったことの無い県の数が10とか20だったら、脳は私に向かってこの問題を投げ掛けなかったと思います。

 

そこでこんどは 私が脳に向かってこう言いました。

「そうだ、4県に行こう!」