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2013年1 月14日

NO.134-1(メインコラム)己の経営哲学

今週のテーマは「己の経営哲学」です。

先日、知合いのパナソニックの社員、元社員と会う機会がありました。

彼らは「中村元CEO、大坪前CEOはA級戦犯だ」と言います。

彼らと別れ自宅に戻った時、そう言えばと、 家の中の本箱を探してみると奥の方にありました、

当時のパナソニックのCEO中村氏の経営手腕を称えた書籍2冊がほこりを被って。

 

本のタイトルは

① 「松下電器V字回復への挑戦」(日刊工業新聞特別取材班 著)

その本の帯には、中村氏の晴れやかな表情の写真とともに 「次の一手を打ち続けないと松下は死んでしまう」と中村氏のコメントが載っています。

 

② 「なぜ松下は変われたのか」(祥伝社)

その本の帯にも、中村氏の誇らしげな表情の写真とともに 「この本に克明に記録された現場の苦悶を、私は誇りに思う」と中村氏のコメントが載っています。

 

当時、日本人経営者のモデル(憧れ)は、 「大胆なリストラ」と「集中と選択」とでGEを生まれ変わらせたジャック・ウェルチ氏でした。

野心を持った当時の日本人経営者は皆思ったことでしょう。「私だってジャック・ウェルチ!!」と。

 

当時の日本のマスコミも、このウェルチ・ブームに乗って「集中と選択」を実施しない経営者をダメ経営者として紙面で叩きました。

 

そうした熱気の中で、中村氏は、パナソニックの経営資源を「プラズマテレビ」と「電池事業強化(三洋電気の買収により)」に集中投資しました。

この巨大資産が、巨大な負の遺産となり現在のパナソニックの屋台骨を揺るがしています。

業界No1或いはNo2と成り得る事業に経営資源を絞り込まなくては生き残れない

という経営信仰。

当時己の経営哲学を持たない未熟な経営者の多くがこの経営信仰に取り込まれました。

パナソニックの中村氏、大坪氏だけではありません。

シャープの町田氏、片山氏 もそうでした。

 

では現在ブームとなっている経営信仰は何でしょうか?

それは、

2020年に23億人に拡大すると言われている“アジアの中間層”を取り込めない企業は生き残れない

という経営信仰です。

この新たな経営信仰と経営者はどう向き合い 会社の舵取りをしていくのか?

舵取りに一番必要なのは“己の経営哲学”です。

舵取りに一番危険なのは“借り物を己の経営哲学と錯覚すること”です。

2012年11 月 2日

NO.128-3(NO.128-1関連その2)誰にも止められない

今回(128-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、 名著「最強組織の法則」(ピーター・M・センゲ 著)です。

 

組織には「真実へのこだわり」が存在しなくてはならない。

 

本当にその通りだと考えます。                   

 

「最強組織の法則」(ピーター・M・センゲ 著)

 

☑ラーニング・オーガニゼ-ションの5つの鍵。

①システム思考 :他の4つを統合する第五のディシプリン。

②自己マイスタリ-:自己マイスタリ-の努力は、自分の行動が世界をどう動かすかたえず学ぼうとする意欲を養う。

③メンタルモデルの克服:メンタルモデルの意識化は、現状認識の間違いを認識するのに必要な開かれた精神を培う。 

④共有ビジョンの構築 :「共有するビジョンづくり」は「変わらぬ献身」を育てる。

⇔「我々は何を創造したいのか」の問いに対する答え。 

⑤チ-ム学習:個人の視野を越えた大きな像をグル-プで探る技術を高める。

⇔「自分自身」と「世界」が個別のものとみる態度から、 世界がつながっているとみる態度へ。

 

☑システム思考は、

①見やすい解決策はほとんど役に立たないと教える。せいぜい短期的 に改善するだけで結果はなお悪くする。

②小さくてもツボを押さえた行動は適切な場所な ら重要な持続する改善を生む。この原則を「レバレッジ」と呼ぶ。

 

☑拡張プロセスは、小さな変化が積み重なっていく。「雪だるま現象」「便乗現象」 「悪循環」。

 

☑平衡(へいこう)プロセスは、システムが内に秘めた目標を維持しようとする反応。 「変化への抵抗」。「基準を動かしにくい」のは「権限や支配力を動かしにくい」から。 無理強いせず、安定と抵抗の源を発見し、そこに直接働きかける。

 

☑組織内で自己マスタリ-を義務的に導入すると、選択の自由に真っ向から対立する。 リーダ-は自分が自己マスタリ-のモデルとならなくてはならない。 また、組織には「真実へのこだわり」が存在しなくてはならない。

 

☑共有ビジョンを築くディシプリンは、個人のビジョンを奨励する。共有ビジョンに心から関心を抱くことは、個人のビジョンに根ざしている。

【成長の限界】拡張プロセスは成功の連鎖反応を生むが、気づかぬうちに平衡プロセスの 副作用も生じさせ、成功のペ-スを落としてしまう。

【経営原則】成長を無理強いせず、成長を制限している要因を取り除く。

【問題のすり替え】根本的な問題への反応を強化するため、長期的方向づけとビジョン の共有が必要。問題のすり替えの存在を見抜く3つのポイントは   

①長期に渡り徐々に悪化し、問題が一時的に改善したように見えることがある。   

②システム全体の健全性が徐々に蝕まれる。   

③無力感が徐々に増大する。

2012年10 月31日

NO.128-2(NO.128-1関連その1)誰にも止められない

今回「128-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、「判断力と決断力」(田中 秀征 著)です。

 

「志」がなければ判断の基準を持たないも同然。

 

田中が言うとおり、今の政治家は「志」が低いのでしょう。

 

「判断力と決断力」(田中 秀征 著)

 

☑どんなに良い判断をする人でも、それがタイミングよく実行に移す決断ができなければ、何の意味もない。逆に決断ができても肝心の判断が間違っていれば、一層大きな災厄をもたらすことになる。このように指導者にとって判断力と決断力は全く異なる資質である。 判断力は、経験や学習によって強化することが可能だが、決断力は必ずしもそうではない。生来の性格、使命感や志の強さ、あるいは功名心などによって大きく左右されるものだ。

 

☑もしもチェンバレンが自己の判断力の不足を自覚していたら、もしも、グラディエが自己の決断力の不足を自覚していたら、ミュンヘン会議は全く違う展開になったであろう。 なぜなら、二人は自分の資質を補い合うことに努力を傾けたはずだからである。 しかし、判断力に優れた政治家は、自己の決断力の不足に気がついていてもそれを隠そうとするものだ、そして、決断力に優れた政治家は、ほとんどの場合、自分の判断力の不足に気がつかない。そのことが歴史に取り返しのつかない惨劇を招くのである。

 

☑チャーチルやドゴールの例で理解できるように、優れた判断や決断は、「組織による制約」を突破できる人によってもたらされる。組織の利益に合致することを前提とした判断や決断は、危機や混乱を乗り越えることができない二流のものである。 もちろん、ドゴールにもチャーチルにもその政治生涯を通じて多くの判断ミスがあり、失敗もあった。ただ、第二次世界大戦が開始されてからは、基本的な判断ミスはない。それは両者が何よりも、ナチス・ドイツの本性を正しく判断できたからである。そしてその撲滅を最優先の使命としていたからこそ、両者は重大な決断を即座に、しかも正しくすることができたのだ。

 

☑石橋湛山の“判断”は常に、借り物ではなく独創であった。「私が、いまの政治家をみていちばん痛感するのは、『自分』が欠けているという点である。『自分』とはみずからの信念だ。政治家で最もつまらないタイプは、自分の考えを持たない政治家だ」。

 

☑自分が欠けていれば独自の判断ができるはずがない。湛山が「自分」というのは、「志」と置き換えてもよい。「志」がなければ判断の基準を持たないも同然。判断、少なくとも一貫した判断は一貫した志から生まれるものだ。志の他に、判断を促すもう一つのものは“野望”である。王道か覇道か、それを見極めるには指導者への観察が必要である。

 

☑高杉晋作の判断力と決断力は日本史上でも特筆に値する。その天性の資質はともかくとして、やはり彼の地位に対する徹底した無欲さが澄みきった判断と決断を可能にしたと言わざるを得ない。危機の時代の大勝負は、無欲さの度合いが勝敗の帰趨を決めるのである。

2012年10 月28日

NO.128-1(メインコラム)誰にも止められない

今週のテーマは「誰も止められない」です。

いま『超「入門」失敗の本質』という本が売れています。

20年以上前、この本の原本に当たる『失敗の本質』を読んだ時、著者の鋭い洞察力によって引き込まれるように最後まで一気に読み終えたことを覚えています。

 

ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ沖海戦、沖縄戦と続く第二次世界大戦前後、当時の当事者(軍部、政治家、昭和天皇)間のパワーバランスの上で各々の保身とプライドとが交錯し、誰の目にも敗戦が明らかな状況の中においてこの戦いを「誰も止める」ことができなかったのです。

新型爆弾(原爆)の1発目が落とされても目が覚めず、2発目の投下されても目が覚めず、 当時の当事者は「本土決戦の準備」を進めていたのです。

 

では「どうやって止めたか?」

 

それは、ジョセフ・C・グルー(開戦時の駐日大使)らの尽力により作られたシナリオ、

① 連合国側が天皇制の廃止を要求するような厳しい条件を放棄する。

② 天皇の終戦の詔勅により、「承詔必謹」の名のもとに戦争を終結させる。

によって日本は上げた手を降ろす環境をアメリカに整えてもらい、終結出来たのです。

つまり「止めてもらった」のです。

 

さてその終戦から72年経った今、 私たちの国 日本は、また再び「誰も止められない」危険な方向へ歩み始めています。

ご承知のとおり、 2012年度予算は、

税収など収入46兆円 + 新規国債発行額44兆円 = 歳出90兆円。

こうした信じられない予算の編成が何年も続き、この国の借金の総額は1000兆円を超えました。

 

国のためではなく自分の選挙のため 少しでも多くの金をばらまきたい政治家たち

国のためではなく自分の出世(省の利益)のため 少しでも多くの予算を獲得したい官僚たち

子孫のためではなく己の利益ため 票と引き換えに「少しでも多くのばらまき」を要求する」国民

 

政治家も官僚も国民も誰も借金創出マシーンのスイッチを止めようとしません。

 

『失敗の本質』の中に、次の一文があります。

「大東亜戦争中一貫して日本軍は学習を怠った組織であった。」と。

私がいた1980年代90年代のトヨタ自動車には、組織に「真実への徹底したこだわり」と「事実から学ぼうとする姿勢」が存在していました。

アナタが所属する組織はどうでしょうか?

「いつか来た道」にならないために、国も会社も個人も今 考える時に来ていると思います。

2012年10 月26日

NO.127-3(NO.127-1関連その2)向き合わない

今回、(127-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、私の大好きな1冊、「人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと」(柏木 哲夫 著)です。

 

柏木さんは「死を自覚した人は、あることに気づく人が多い」と言います。

 

「人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと」(柏木 哲夫 著)

 

☑私はホスピス医として、患者さんからたくさんのことを教えられた。その第一は、生の延長線上に死があるのではなくて、私たちは刻々死を背負って生きている存在だということである。(何度お聞きしたことか「自分がこんなに早く癌で死ぬなんて計算外である」)

 

☑人生には三つの坂があるとよく言われる。上り坂・下り坂のほかに、「まさか」という坂だ。この「まさか」という現象に私は「矢先症候群」という名前をつけた。多くの患者さんの死に接していると、したいことはそれが出来る時にしておかないと、いつ「矢先症候群」に陥るかわからないとつくづく思う。(何度お聞きしたことか「主人が定年したら、夫婦でゆっくりと温泉にでも、と思っていたその矢先に主人が癌になった」)

 

☑この機会を借りて、皆さんに二つのことをお勧めしたい。それは誕生日に死を思い、結婚記念日に癌を語り合うということである。今は二人に一人は癌になる時代である。三人に一人は癌で死ぬ時代である。となれば、夫婦のどちらかが癌になる確率も、どちらかが癌で死ぬ確率も非常に高い。

 

☑「死」を自覚した人は、多くの人が「自分にしてもらったこと」と「自分がしてあげたこと」を比較してみると、「自分にしてもらったこと」の方がはるかに多い、ということに気づく。結果、「人生最期の成長」へと結びつくのではないかと思う。

 

☑ホスピス医として、その臨床経験を通し、多くの「人生の実力者」と呼べる人に会ってきた。苦況の中にも、生きている証を見ることができ、その状況を幸せと思えるかどうかで、人間の実力が決まる。ホスピス医としては、客観的に見れば、幸せからほど遠い人生の終わりの時に「幸せな人生でした」と言って亡くなった67歳の男性を思い出す。

 

☑死を自覚した時、死んだらどうなるのかは、患者さんにとってはとても大きな問題になる。死後の行先がはっきりしていることは、大きな安心感である。我々の調査によると、「死の受容」を一番しっかりできるのはクリスチャンである。仏教と、特に信仰するものは何もありません、と答えた人は、死の受容に差がない。それは、やはり「死後の行先がはっきりしていない」からではないかと思う。

 

☑臨終の時に、家族が患者にかける言葉、多くはないその一言に、これまでの双方の関係が凝縮して表れるように思う。自分の臨終の時、家族がどんな声をかけてくれるだろうか。少なくとも臨終前に、するべき和解はしておくことが必要である。