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2017年2 月 4日

NO.208-1(メインコラム)給料をもらうという働き方

先日、地元 杉並区の中学校から講師の依頼がありました。

 

中学2年生に向けて、

「ご自身の体験から、今、中学生にとって必要なことは、何か」

というテーマで授業をやって欲しいとのお話し。

 

お受けすることにしたものの、

さてさて、「ご自身の体験から・・・体験から・・・」などと考えながら、

まず考えの糸口として、

 

自分のキャリアの中でも一番長く携わり、

現在の日本の就業者の89%もの人が携わっている、

サラリーマン(給料をもらうという働き方)が、いったい いつ頃、どこで、誕生したのか、について調べてみることにしました。

 

 

調べてみると、まず

★日本電車発展史(保育社)という本の中に「サラリーマン(腰弁)」に関する次の記述がありました。

 

『工場ができ官庁や会社が立ち並ぶようになると都会では

通勤という現象が起きてくる。

腰に弁当をさげた(腰弁)勤めの人の姿は明治40年の島崎藤村の短編「並木」にも

描かれているが、東京大阪などでは路面電車の発達が徒歩から電車利用による通勤圏の拡大をすすめた。』

 

 

次に、この本に出てきた「通勤という現象」という言葉をキーワードに調べてみると、

★明治33年(1900年)の朝日新聞に次の記事がありました。

 

『最近、東京の省電で、腰に弁当を提げた人たちが乗車している一風変わった景色がみられるようになった。

毎朝自宅を出て勤め先まで省電を使って通う人たちである。ちなみに当新聞社で

調査したところによると、現在、我が国の成人男子の内、平日昼食を自宅で取っていない人は3%もいるそうである。』と。

 

 

少し驚きだったのは、

つい120年前まで、我が国の成人男子のほとんどは、昼食を当たり前のように自宅で取っていたという事です。

 

 

★厚労省の資料で1900年当時の就業状況を調べてみると、

 

農林漁業(第一次産業)従事者は7割、

商業(第三次産業)従事者が2割、

モノ作り(第二次産業)従事者が1割、です。

 

自宅ランチ派が多いのは、2/3以上の人が農林漁業に従事していたことも理由として考えられそうです。

 

 

次に先ほどの本「日本電車発展史(保育社)」に出てくる

島崎藤村の短編「並木」を確認してみると、作中に次の記述があります。

 

『近頃 相川の怠けることは会社内でも評判に成っている。一度弁当を腰に着けると、

八年や九年位提(さ)げているのは造作も無い。齷齪(あくせく)とした生涯を塵埃(ほこり)深い巷(ちまた)に送っているうちに、最早(もう)相川は四十近くなった。

もともと会社などに埋(うず)もれているべき筈(はず)の人では無いが、年をとった

母様(おふくろ)を養う為には、こういうところの椅子にも腰を掛けない訳にいかなかった。』と。

 

 

少し驚きだったのは、 

主人公の相川というサラリーマン(腰弁)主人公の気持ち、

「プライドを捨ててしまえば腰弁(サラリーマン)を続けるなど訳ない(造作も無い)ことだ。」その一方で

「何も好きこんので腰弁(サラリーマン)を続けている訳ではない。」

など、現代のサラリーマンにも彼の心情が理解できる内容だった事です。

 

 

 

おやおや、中学2年生に何を話そうかと思案していたつもりが、いつの間にか110年前の腰弁の世界に入り込んでしまいました。

 

話を授業に戻します。

 

 

【授業の中盤はこんな感じかな?】

 

さてさて、中学2年生の皆さん、ここから大事なところです。

 

相川氏が生きた110年前は、人生60年の時代でしたが、西暦2000年以降に生まれた皆さんは、2人に1人が「100歳以上生きる」と言われています。

 

人生100年時代の到来です。

 

寿命が延びる一方で、生活基盤に目を向けると、既に、年金が破綻し始め、人の知識労働の一部がAIに代替され始め、中国・インドの中間所得層が知識労働者として台頭し始めています。

 

そんな状況の中、「給料をもらうという働き方(サラリーマン)」をこれまでの様に(相川氏の様に)造作も無く続けようとしている人が今、正規社員、非正規社員の区別

なく脱落し始めています。

 

 

さて では どうしたら良いのか? 彼ら彼女らに何を伝えようか?

 

 

【授業の最後はこんな感じかな?】

 

まずは、一生ものの

 

「学び続ける習慣」と「相手に共感する習慣」と「自分の考えを考える習慣」。

 

この3つの習慣を造作をかけて身に付けるよう 今日から 心掛けて下さい。

 

この3つの習慣は人生の最終兵器です。

 

大人になってからこれを身に付けようとすると苦労するからね。

 

 

【最後に】

 

このブログを読んで頂いた皆さんは、彼ら彼女らに何を伝えたいですか? ぜひ教えて下さい!

 

2015年12 月 6日

NO.205-1(メインコラム)人生を変える7つ

今回のテーマは「人生を変える7つ」です。

 

私はキャリア研修の冒頭で「人生を変える7つ」の話しをします。

こんな風に・・・・

自分はこんな人生を歩みたい!

自分の人生をこんな風に変えたい! 

こんなことを思ったり 考えたりしたこと ありませんか?

では、自分の人生って どうすれば変わるのでしょうか?

 

実は「人生を変える」とは「次の7つの中の1つ以上を変える」ことと同義です。

 

【人生を変える7つ】

①時間の使い方を変える

②お金の使い方を変える

③付き合う人(住む場所)を変える

④自分の真価を知り、その発揮量を変える

⑤社会に与える貢献量を変える

⑥社会から受け取る評価・感謝の量を変える

⑦お金に働いて貰う量を変える

 

では実践編です。

まず、変えるためには 

自分の人生をどうしたいか? どう変わりたいか? 

決めることが必要ですね。

自分の人生をどうしたいですか? 

せっかくの機会です。 一度 ゆっくり考えてみましょう。

難しく考えないでください。 仮置きでOKです。

違和感があれば修正すればいいのですから。

 

次に ①②③④⑤⑥⑦のどれから先に手をつけましょうか?

これはルールで決まっています。 

必ず④から始めて下さい。

④は他の全てのスイッチとなるコア要素だからです。

 

そうそう④を始めると同時に、

10年先、20年先、30年先、40年先の 自分を ビジュアライズしてみて下さい。

何が見えますか? けっこうイケテますか? OKです。

2015年10 月25日

NO.204-1(メインコラム)仕事の定義

今回のテーマは「仕事の定義」です。

 

「仕事」=「職業」+「無償の仕事」

これは、法政大学キャリアデザイン学部 初代学部長 笹川孝一氏(現同部教授)が提唱する

「仕事の定義」です。

氏は自らの著書の中で次のように述べています。少し長いですが引用します。

 

『“無償の仕事”では、自分の仕事が誰の役に立っているのかが明快だという点にある。

自分の居場所や役割、能力の発揮、絆が見えやすく、「生きている実感」が得られ、

自己家畜化からの脱皮」が促されるからである。

“交換価値・金銭の授受を介する有償の仕事=「職業」”と

“使用価値の直接交換をおこなう無償の仕事”という2種類の仕事は、

共に分化し、相互浸透しながら展開する。

だから、人として生きるには、

①有償・無償の2種類の仕事を並行し、組み合わせて、

②2つの仕事の組織作り・強化をおこなうこと、

③それらを遂行する能力を磨くとこが、必須になる。』と。

 

さてこの話 笹川氏の定義で 私が真っ先に思い浮かべるのは 文豪 夏目漱石です。

漱石は、帝国大学を卒業後、高等師範学校の英語教師になるも、

日本人が英文学を学ぶということ、そしてその英語を教えるという自身の「職業」に

対して違和感を覚えながら仕事を続け、ついに精神衰弱になってしまいました。

その漱石を救ったのが 彼が「無償の仕事」として続けていた俳句や文章を書くことでした。

彼が「ホトトギス」に投稿した処女作『吾輩は猫である』が大ヒットして、

「有償の仕事」と「無償の仕事」が入れ替わったのです。

それは漱石49歳の生涯を閉じる10年前、39才の時でした。

 

さて最後に、「仕事の定義」の実践編です。 「無償の仕事」 ぜひ検討してみて下さい。

きっと 「生きている実感」が得られ、「自己家畜化からの脱皮」を促します。

「仕事」=「現在生活を支えている有償の仕事」

+「アフター5や週末を使って 経験を得るために行う無償の仕事」

+「アフター5や週末を使って 得意な分野の磨きを深めるために行う 副業のお助けコンサルティング」   

+「アフター5や週末を使って 興味ある分野の学びを深めるために行う  無償のデジタル出版」

 

どうでしょうか? 

2015年8 月16日

NO.201-1(メインコラム)夢の〇〇

今回のテーマは「夢の〇〇」です。

私は、少年時代 普通の男の子がそうであったように、電車が大好きで、

電車に乗るといつも窓の外の景色に見入っていました。

また休日になると父親に頼んで、電車を見に、 自宅近くの国鉄「鶴舞駅」(名古屋市鶴舞区)

に連れて行ってもらっていました。

駅を貨物列車が通過する時、 当時は列車が貨物輸送を支えていた時代で、連結数が50台60台と長く、

それはそれは勇壮でした。

私は夢中になって連結数を数えるのですが、たいがい途中で混乱して分からなくなっていました。

 

私は、父親の実家が「京都」、母親の実家が「東京」だったため、名古屋に住んでいた当時の

私の友達自慢は、名古屋から母親の実家の東京に行くとき、 名古屋から父親の実家の京都に行くとき、

当時の花形電車 ビジネス特急「こだま号」に乗車できることでした。

ビジネス特急「こだま号」は昭和33年11月に営業を開始し、昭和39年10月に新幹線が開通するまでの間 

超特急 として君臨していました。

私の家族は、この超特急に乗って、名古屋~東京間4時間20分、名古屋~京都間1時間50分

を夏に冬に 往復していました。

当時の時刻表に「こだま号」の開通を宣伝する広告が次のように掲載されています。

【昭和33年11月号 時刻表より】

『11月1日 愈々 待望の、東京~大阪・神戸間 ビジネス特急「こだま号」が誕生します。この特急は 東京~大阪間を6時間50分で快走しますので、両地を朝たって 東京、大阪で用事をすませ、夕方たてば その日のうちに帰ることができます。』

 

そんな 憧れの超特急「こだま号」でしたが、私たち子供の間では、

「もう何年か先に もっと凄い 電車が出来るらしいぜ」「その電車は、夢の超特急 って言うんだぜ」と、

早くも その未来の電車のことで 持ち切りでした。

そう、その未来の電車は、昭和39年10月の開業前まで「夢の超特急」と呼ばれていました。

「夢の超特急」が実現するまで、私は親に

「まだ4年も先だ」「まだ3年もあるの?」「再来年って来年じゃないの?」

「乗れるまで そんなに長く待てない」などと 愚痴っていました。

 

さて、話が長くなってしまいましたが、

私 実は いま あの少年時代の ワクワク感 ゾクゾク感 を超える程の 「夢の〇〇」に携わっています。

その〇〇は、“定年後 本番キャリア!” 

そう、「夢の 定年後 本番キャリア」です。

そして いまの私は 相談者の皆さんから 定年退職が、

「待ち遠しいよぅ~」

「そんなに待てないよぅ~」

と愚痴られる キャリアコンサルタントを目指しています(苦笑)。

そして、少年時代 連結数が50台60台と長くなると数えられなかった私の いまの目標は 

100歳まで生きることに変わりました(笑)。

2015年5 月10日

NO.198-1(メインコラム)学習(learing)

今回のテーマは「学習(learing)」です。

 

キャリアの分野において、代表的な理論の1つに「社会学習理論」があります。

「社会学習理論」とは、

「人は生涯 学習し続ける存在であり、キャリアは生涯にわたる学習によって形成される」

という考え方で、この理論のキーワードは「学習(learing)」です。

私は、この理論で言うところの「学習(learing)」を、生涯実践した人物として「徳川家康」に

注目し続けてきました。

 

徳川家康(以下「彼」と言う)の人物像を表す代表的な言葉に、

「鳴くまで待とうホトトギス」があります。

この言葉が示すように、彼は「忍耐の人」というイメージが強いのですが、

彼ゆかりの地を訪れ地元の資料を調べてみると、

実は彼、たいへん短気で感情的で神経質な性格であったことが分かります。

特に若いころは、窮地に陥ると一時の感情から「討死する」「切腹する」と言い出し、

部下に諌められたことが行く度かあったようです。

 

しかし彼の凄いところは、自分のこうした性格的な弱さ、短所を自ら認識したうえで、

それを「学習(learing)」を通して克服する努力を生涯続けたところにあります。

そう彼は、「学習する人」だったのです。

 

その証拠に、彼は、自分が「学習する人」であることを一時でも忘れることがないよう、

武田信玄に三方ヶ原で敗戦し、逃げ帰った時の自分の「しがみ顏」の姿(31歳の時の)を 絵師に描かせ、

その絵を「十分な熟慮準備なく一時の感情と慢心で行動した結果の自戒」として

生涯座右から離さなかったのです。

 

彼(以下「アナタ」と言う)の命で行われた「関ヶ原の戦い」勝利後の2つの大プロジェクト、

アナタの本城がある江戸から朝廷の京、豊臣家居城の大阪までの間の軍用道路「東海道の整備」

西方大名に対する守りを固めるため清洲から名古屋への遷都「名古屋城築城+清洲越し」

アナタは、この2大プロジェット終了後に、豊臣家に戦いを仕掛け、豊臣家を殲滅させるつもりだったとは、

僕は後で知ったよ。

 

僕はアナタの意図を身体で感じようと思い立ち、今回のゴールデンウィークを利用して、

東海道の要「桑名宿」と関東の巨鎮と言われた大都市「清洲」に行ってきたよ。

「桑名」と「清洲」の地に立って僕は改めて思ったよ。

アナタは凄いね。

アナタは「中途半端は身を滅ぼす」ということもいつの間にか「学習(learing)」していたんだね。

アナタは凄いね。

アナタは、待っていたのではなくて、熟慮を重ねつつ、着々と準備を進めていたんだね。