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2015年10 月25日

NO.204-1(メインコラム)仕事の定義

今回のテーマは「仕事の定義」です。

 

「仕事」=「職業」+「無償の仕事」

これは、法政大学キャリアデザイン学部 初代学部長 笹川孝一氏(現同部教授)が提唱する

「仕事の定義」です。

氏は自らの著書の中で次のように述べています。少し長いですが引用します。

 

『“無償の仕事”では、自分の仕事が誰の役に立っているのかが明快だという点にある。

自分の居場所や役割、能力の発揮、絆が見えやすく、「生きている実感」が得られ、

自己家畜化からの脱皮」が促されるからである。

“交換価値・金銭の授受を介する有償の仕事=「職業」”と

“使用価値の直接交換をおこなう無償の仕事”という2種類の仕事は、

共に分化し、相互浸透しながら展開する。

だから、人として生きるには、

①有償・無償の2種類の仕事を並行し、組み合わせて、

②2つの仕事の組織作り・強化をおこなうこと、

③それらを遂行する能力を磨くとこが、必須になる。』と。

 

さてこの話 笹川氏の定義で 私が真っ先に思い浮かべるのは 文豪 夏目漱石です。

漱石は、帝国大学を卒業後、高等師範学校の英語教師になるも、

日本人が英文学を学ぶということ、そしてその英語を教えるという自身の「職業」に

対して違和感を覚えながら仕事を続け、ついに精神衰弱になってしまいました。

その漱石を救ったのが 彼が「無償の仕事」として続けていた俳句や文章を書くことでした。

彼が「ホトトギス」に投稿した処女作『吾輩は猫である』が大ヒットして、

「有償の仕事」と「無償の仕事」が入れ替わったのです。

それは漱石49歳の生涯を閉じる10年前、39才の時でした。

 

さて最後に、「仕事の定義」の実践編です。 「無償の仕事」 ぜひ検討してみて下さい。

きっと 「生きている実感」が得られ、「自己家畜化からの脱皮」を促します。

「仕事」=「現在生活を支えている有償の仕事」

+「アフター5や週末を使って 経験を得るために行う無償の仕事」

+「アフター5や週末を使って 得意な分野の磨きを深めるために行う 副業のお助けコンサルティング」   

+「アフター5や週末を使って 興味ある分野の学びを深めるために行う  無償のデジタル出版」

 

どうでしょうか? 

2015年8 月16日

NO.201-1(メインコラム)夢の〇〇

今回のテーマは「夢の〇〇」です。

私は、少年時代 普通の男の子がそうであったように、電車が大好きで、

電車に乗るといつも窓の外の景色に見入っていました。

また休日になると父親に頼んで、電車を見に、 自宅近くの国鉄「鶴舞駅」(名古屋市鶴舞区)

に連れて行ってもらっていました。

駅を貨物列車が通過する時、 当時は列車が貨物輸送を支えていた時代で、連結数が50台60台と長く、

それはそれは勇壮でした。

私は夢中になって連結数を数えるのですが、たいがい途中で混乱して分からなくなっていました。

 

私は、父親の実家が「京都」、母親の実家が「東京」だったため、名古屋に住んでいた当時の

私の友達自慢は、名古屋から母親の実家の東京に行くとき、 名古屋から父親の実家の京都に行くとき、

当時の花形電車 ビジネス特急「こだま号」に乗車できることでした。

ビジネス特急「こだま号」は昭和33年11月に営業を開始し、昭和39年10月に新幹線が開通するまでの間 

超特急 として君臨していました。

私の家族は、この超特急に乗って、名古屋~東京間4時間20分、名古屋~京都間1時間50分

を夏に冬に 往復していました。

当時の時刻表に「こだま号」の開通を宣伝する広告が次のように掲載されています。

【昭和33年11月号 時刻表より】

『11月1日 愈々 待望の、東京~大阪・神戸間 ビジネス特急「こだま号」が誕生します。この特急は 東京~大阪間を6時間50分で快走しますので、両地を朝たって 東京、大阪で用事をすませ、夕方たてば その日のうちに帰ることができます。』

 

そんな 憧れの超特急「こだま号」でしたが、私たち子供の間では、

「もう何年か先に もっと凄い 電車が出来るらしいぜ」「その電車は、夢の超特急 って言うんだぜ」と、

早くも その未来の電車のことで 持ち切りでした。

そう、その未来の電車は、昭和39年10月の開業前まで「夢の超特急」と呼ばれていました。

「夢の超特急」が実現するまで、私は親に

「まだ4年も先だ」「まだ3年もあるの?」「再来年って来年じゃないの?」

「乗れるまで そんなに長く待てない」などと 愚痴っていました。

 

さて、話が長くなってしまいましたが、

私 実は いま あの少年時代の ワクワク感 ゾクゾク感 を超える程の 「夢の〇〇」に携わっています。

その〇〇は、“定年後 本番キャリア!” 

そう、「夢の 定年後 本番キャリア」です。

そして いまの私は 相談者の皆さんから 定年退職が、

「待ち遠しいよぅ~」

「そんなに待てないよぅ~」

と愚痴られる キャリアコンサルタントを目指しています(苦笑)。

そして、少年時代 連結数が50台60台と長くなると数えられなかった私の いまの目標は 

100歳まで生きることに変わりました(笑)。

2015年5 月10日

NO.198-1(メインコラム)学習(learing)

今回のテーマは「学習(learing)」です。

 

キャリアの分野において、代表的な理論の1つに「社会学習理論」があります。

「社会学習理論」とは、

「人は生涯 学習し続ける存在であり、キャリアは生涯にわたる学習によって形成される」

という考え方で、この理論のキーワードは「学習(learing)」です。

私は、この理論で言うところの「学習(learing)」を、生涯実践した人物として「徳川家康」に

注目し続けてきました。

 

徳川家康(以下「彼」と言う)の人物像を表す代表的な言葉に、

「鳴くまで待とうホトトギス」があります。

この言葉が示すように、彼は「忍耐の人」というイメージが強いのですが、

彼ゆかりの地を訪れ地元の資料を調べてみると、

実は彼、たいへん短気で感情的で神経質な性格であったことが分かります。

特に若いころは、窮地に陥ると一時の感情から「討死する」「切腹する」と言い出し、

部下に諌められたことが行く度かあったようです。

 

しかし彼の凄いところは、自分のこうした性格的な弱さ、短所を自ら認識したうえで、

それを「学習(learing)」を通して克服する努力を生涯続けたところにあります。

そう彼は、「学習する人」だったのです。

 

その証拠に、彼は、自分が「学習する人」であることを一時でも忘れることがないよう、

武田信玄に三方ヶ原で敗戦し、逃げ帰った時の自分の「しがみ顏」の姿(31歳の時の)を 絵師に描かせ、

その絵を「十分な熟慮準備なく一時の感情と慢心で行動した結果の自戒」として

生涯座右から離さなかったのです。

 

彼(以下「アナタ」と言う)の命で行われた「関ヶ原の戦い」勝利後の2つの大プロジェクト、

アナタの本城がある江戸から朝廷の京、豊臣家居城の大阪までの間の軍用道路「東海道の整備」

西方大名に対する守りを固めるため清洲から名古屋への遷都「名古屋城築城+清洲越し」

アナタは、この2大プロジェット終了後に、豊臣家に戦いを仕掛け、豊臣家を殲滅させるつもりだったとは、

僕は後で知ったよ。

 

僕はアナタの意図を身体で感じようと思い立ち、今回のゴールデンウィークを利用して、

東海道の要「桑名宿」と関東の巨鎮と言われた大都市「清洲」に行ってきたよ。

「桑名」と「清洲」の地に立って僕は改めて思ったよ。

アナタは凄いね。

アナタは「中途半端は身を滅ぼす」ということもいつの間にか「学習(learing)」していたんだね。

アナタは凄いね。

アナタは、待っていたのではなくて、熟慮を重ねつつ、着々と準備を進めていたんだね。

2015年4 月11日

NO.196-1(メインコラム)歴史とは何か?

今回のテーマは「歴史とは何か?」です。

 

先日、文部科学省が、2016年度から使う中学生の教科書の検定結果を次のように公表しました。

『教科書作成の指針となる学習指導要領解説書の改定し、領土教育の強化を求めた結果、 地理、歴史、公民で合格した18点の全ての教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を取り上げ、 またほとんどの教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を「日本固有の領土」として記載することになりました。』

 

教科書制作会社も検定を通すために必死に対応したのでしょう。

 

歴史問題。

と一口に言われますが、

私にとって、「歴史とは何か?」。

そのことを改めて考えさせられる出来事でした。

 

私は、高校を卒業するまで、「歴史」は、

『世界中の人が「同じ事実」として認識している過去の出来事』である。

と疑いもなく認識していました。

その私の認識が覆されたのは、いまでもはっきりと覚えていますが、

浪人時代に通っていた予備校の「世界史」の授業の中の予備校教師の話しでした。

その予備校教師(当時 20代半ばぐらいの人)は、我々予備校生にこんなことを言い出しました。

 

『いまの君たちは、余計なことを考えず、テキストに書かれていることを覚えることに専念してくれればそれで良い。ただ、君たちが大人になった時、改めて「歴史とは何か?」。そのことに向き合わざるを得ない時がきっと来る。

その時のためにいま2つのことを君たちに話しておく。

1つは、いま君たちが学んでいる世界史は、あくまでヨーロッパのキリスト社会の視点で書かれた通説の1つにすぎない、ということだ。

例えば今日 君たちが学んだ十字軍のこと。

これは中東のイスラム社会の視点で書かれた世界史とは 180度異なる内容である、という事。

これは、どちらの方が正しく、どちらの方が間違っている、という問題ではなく、見る視点が違うのだ。

また、いま私は「中東」と言ったが、これも西欧から見て、インドが「東」、日本が「極東」、西欧とインドの中間にあるアラビア語の地域あるいはイスラム教の地域を彼らの距離感から「中東」と命名しただけで、「中東」の人たちは自分たちのことを「中東」とは言わない。日本人は自分たちのことを「極東」とは言わないのに、「中東」という言葉は平気で教科書でも使っている。

2つ目は、そうは言っても彼らの世界観もけっして1つではないと言うことだ。

たとえば「アメリカの教科書では、ワシントンは英雄扱い」であるが、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱い」である。

ただここで大事なことを君たちに伝えておきたい。

それは、アメリカの教科書には、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱していること」がちゃんと欄外に記載されている。同じくイギリスの教科書には、「アメリカの教科書ではワシントンを英雄扱いしていること」が同様に欄外に記載されている。

だからイギリス人もアメリカ人も大人になって相手のことをビックリしない、ということだ。』

 

彼の話は、こんな内容でした。

 

さて、改めて、歴史問題を考えたとき、

「大人たちが歴史認識の問題を自分たちの世代で解決できない以上、

子供たちが、子供たちの世代で解決できるよう、その素地を教育の中に埋め込む必要があるのではないか?」

そんなことを私は思うのですが、 皆さんはこのニュースを見てどう思いましたか?

2015年3 月14日

NO.194-1(メインコラム)私は誰でしょう?

今回のテーマは「私は誰でしょう?」です。

少し長いですが、まず、作者不明の次のコラムをお読みください。

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「私は誰でしょう?」

私はいつもあなたのそばにいる。

一番頼りになる助け手でもあれば、 あなたが背負う最大の重荷でもある。

成功への後押しもすれば、 足を引っ張って失敗にも導く。

私はあなたの命令次第で動く。

あなたのすることを私に任せてくれれば 私は素早く正確に片づけてしまう。

私の扱いは簡単。 しっかり指示すれば、それでいい。

どのようにしてほしいのかを明確に示してくれれば 少しの練習のあとで自動的にそのことをこなす。

私はすべての偉人の下僕であり、 そして残念ながら,すべての失敗者の下僕でもある。

偉大な人が偉大になったのはわたしのおかげ。

失敗した人がしくじったのも私のせい。

私は機械ではないが,機械のように正確に そして知性あふれる人間のように賢く働く。

利益になるように私を使うこともできれば、 破綻をきたすように使うこともできる。

私にとってそれはどちらでもよい。

私を利用して訓練し,しっかりと指示をしてくれれば、 世界をあなたの足下に届けてあげよう。

しかし,私を甘く見れば,あなたを滅ぼすだろう。

私は誰だろうか?

私は習慣である。

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そう 私 の正体は 習慣だったのです。

古来、習慣に関して、 

「人間は習慣の寄せ木細工」(A man is a wooden mosaic work of Habit.)とも

「習慣は第二の天性」(Habit is a second nature.)とも

言い伝えられてきました。

私は、50歳の時に経験した大病をきっかけに、

半年に一度、 自分自身の身体を構成している1つ1つの「寄せ木」の棚卸しを始めました。

≪私の「習慣の見直し」≫

【仕事・キャリア】(捨てたこと) ギブ&テイク 、⇒(始めたこと)一に貢献、二に貢献

【お金】(捨てたこと) 節約と貯金のみ、⇒(始めたこと) お金にも働かせる

【健康】(捨てたこと) 喫煙、⇒(始めたこと) 早起き(朝5時30分)&毎朝15分のストレッチ

【子ども】(捨てたこと) いつか分かり合えればいい、⇒(始めたこと) 思いは“いま”伝える

【人間関係】(捨てようとしていること) 自分の自慢話、⇒(始めたこと) まずは相手の話をよく聞く

【自己投資】(捨てたこと) だらだらテレビ観み、⇒(始めたこと) 週2冊の読書

【遊び・余暇】(捨てたこと) 美味しいラーメン店ひとり探索、⇒(始めたこと) 同級生達と年1回の修学旅行

 

最後にアリストテレスの名言を1つ、

『繰り返し行うことがわれわれの本質である。美徳さえも行為ではなく、習慣なのである。』