メイン

2010年8 月30日

NO.28-1(メインコラム)キャリアのパラドックス

今回のテーマは、「キャリアのパラドックス」です。

「T型キャリア(1専門分野)からπ型(複数専門分野)を目指せ」などと言われる一方で、 キャリア形成にはパラドックスが常に付いて回ります。

例えば、 学校卒業後、会社で初めて配属された部署が営業部だったとします。

その先のキャリアパスをケースで見てみましょう。


初めの10年) アナタは営業部で活躍して10年経過しました。 アナタは「営業以外は未経験」という自分のキャリアに不安を持ちました。

そこで今後のことも考え、経理業務を一度経験させてほしい、との思いを上司に相談してみました。

すると上司は、アナタの意に反して、「これまで一度も経理の実務経験がないキミを、経理部署に異動させるのは難しいよ」というつれない返事でした。


その後の5年) アナタはその後も営業で活躍し、結局15年が経過しました。

自分の仕事に自信を持てるようになったアナタは、学生のころから本当は一番やってみたかった「広告宣伝業界」への転職を真剣に考えるようになり、労働情報を調べてみることにしました。

すると一流と言われている全ての会社は、アナタの意に反して、「経験者を求む」という“求人枠の壁”に阻まれる結果となりました。


そうなんです。

経験がなければ仕事を掴み取ることが出来ない。でも仕事をしなくては経験が得られない」。

これがキャリアのパラドックスです。

さて本題です。

もしアナタが才能(得意)を活かし情熱を傾けられると思う分野があって、その分野の実践経験がまだ無いのであれば、今の会社で給料を貰いながら、キャリアデザインすることを強くお薦めします。

社内の「新規プロジェクト」や「新規部署」の立ち上げに手を挙げるのもお薦めです。


人生70年の時代は、前半勝負(大学入学~就職後35歳まで)で、一つの専門性を深堀するだけで充分な時代でした。

人生90年時代は後半勝負(45歳以上)で、節目(5年程度)ごとに棚卸が必要な時代なんです。


キャリアのパラドックス」に足元をすくわれないよう自問してください。

「何を経験しておくべきなのか? 後半戦に備えて!!」



Line

Kimo

 

未経験分野の実践経験は現在の会社で積んでおく!!

2010年8 月27日

NO.27-3(NO.27-1関連その2)胡蝶の夢

今回、(27-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、「原因」と「結果」の法則(ジェームズ・アレン 著)です。


ジェームズ・アレンは、人間観を次のように明確に表現しています。


 『「人間は思いの主人であり、人格の製作者であり、環境と運命の設計者である」という真実に必ず行き着くことになるでしょうと。


キワに立ったとき、思い出したい言葉です。



Line


 

「原因」と「結果」の法則(ジェームズ・アレン 著)

☑もしあなたが、自分の思いの数々を観察し、管理し、変化させながら、それらが自分自身に、またほかの人たちに、さらには自分の人生環境に、どのような影響をおよぼすものなのかを入念に分析したならば・・・・・忍耐強い試みと分析によって、日常の些細な出来事をも含む、自分のあらゆる体験の「原因」と「結果」を結びつけたならば・・・・・

「人間は思いの主人であり、人格の製作者であり、環境と運命の設計者である」という真実に必ず行き着くことになるでしょう。

 

 

 

もしあなたが自分の肉体を完璧な状態にしたいのなら、自分の心を守ることです。肉体を再生させたいのなら、心を美しくすることです。悪意、羨望、怒り、不安、失望は、肉体から健康と美しさを奪い去ります。あなたの家を明るく快適な住処とするためには、そこを空気と日の光で満たさなければなりません。同様に、強い肉体と明るく穏やかで幸せな顔つきは、喜びと善意と穏やかさによって、心が十分に満たされることによってのみ創られます。

 

 

 

 

私たちの思いは、目標と勇敢に結びついたとき、創造のパワーになります。この事実を知る人間は、絶えずゆれ動く思いや感情の塊などよりもはるかに高いレベルの、はるかに強い何かになるための準備を、しっかりと整えた人間です。そして、この知識を実行に移すことで、人間は心のパワーを、意識的、知的に利用しはじめることになります。

 

 

 

 

人間は、もし成功を願うならば、それ相当の自己犠牲を払わなくてはなりません。大きな成功を願うならば、大きな自己犠牲を、この上なく大きな成功を願うならば、この上なく大きな自己犠牲を払わなくてはならないのです。

 

 

 

 

あなたの心を最高にワクワクさせるもの、あなたの心に美しく響くもの、あなたが心から愛すことのできるものを、しっかりと胸に抱くことです。そのなかから、あらゆる喜びに満ちた状況、あらゆる天国のような環境が生まれてきます。いまあなたの環境は、あなたにとって好ましいものではないかもしれません。でも、もしあなたが理想を抱き、それに向かって歩きはじめたならば、いまのそんな状況はけっして長くはつづきません。

 

 

 

 

人間は、穏やかになればなるほど、より大きな成功、より大きな影響力、より大きな権威を手にできます。なぜならば、人々はつねに、冷静で穏やかにふるまう人間との関わりを好むものであるからです。この上なく穏やかな心の持ち主は、つねに愛され敬われます。あなたがたの心に語りかけることです。

「静かにしていなさい。穏やかにしているのです!」

 

2010年8 月25日

NO.27-2(NO.27-1関連その1)胡蝶の夢

今回「27-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、五木 寛之 著「人間の覚悟」です。


氏は著書の中で『「あきらめる」「明らかに究(きわ)める」必要がある。そして、それを引き受ける覚悟が必要です』と述べています。


その覚悟が、キワに立たされたときの人の違いとなって顕(あらわ)れるのかもしれません。



Line


「人間の覚悟」(五木 寛之 著)

☑私たちは無意識のうちに何かに頼って生きている。「寄らば大樹の陰」とは昔から耳になじんだ諺だ。しかし、もうそんなことを考えている段階ではない。私たちは、まさにいま覚悟をきめなければならない地点にたっているのである。その時代が歴史の流れのなかでどこに向かっているのか。その先に何が見えてきているのか。それを正しく覚悟したうえで、今ある自分自身の歩みを進めていかなければなりません。つまり、「あきらめる」「明らかに究(きわ)める」必要がある。そして、それを引き受ける覚悟が必要です。

 

 

 

☑バイブルにあるように、キリストは「良きことは隠れてせよ」ということを言いました。中国でも「陰徳」という考え方が古くからあります。もっと言うなら、良きことはむくわれない、愛もむくわれないのだと私は思っています。人の思いはつうじない、と「覚悟」しておくことです。本田宗一郎さんは、もっぱら技術屋みたいな顔をしながら、人に知られぬように苦学生に巨額の奨励金を出しつづけていました。死後になってそれが公になりましたが、そういうことが私は大事だと思います。

 

 

 

 

☑男性の仕事は女性に対しての奉仕につきる、と私は思っています。肉親だから何かしてくれるはずだとか、どれだけ周りが自分のことをよく思ってくれるかばかりを気にするのではなく、自分自身はどれほど家族や周りの人のために無償の行為をしているのか、それを日々反省しながら生きるしかないでしょう。

 

 

 

☑人は何のために生きるか、いかに生きるべきか、西洋でも東洋でも、多くの思想家や哲学者がそう問いつづけてきました。しかし私は、生き方に上下などない、と思うようになりました。哲学者のようにものを考えなくても、みすぼらしくても生きて存在している、それだけですごいことだと私は思います。下手くそでもくだらなくても少々いい加減でも、とにかく生きていることはすごい、と自分のことを認めてあげたらいいと思います。

 

 

 

☑人生は孤独で、憂いに満ちています。しかも生まれた時から病気の巣で、十代から老化は始まり、二十歳になったら、人はだれしも死のキャリアなのだと覚悟すべきです。

 

 

 

☑ブッダが「天上天下唯我独尊」と言ったように、自分はだれも代わることができないたった一人の存在だから尊いのです。そのことは、上り坂の時代でも、下り坂の時代でも変わりません。この先が、「地獄」であっても、極楽であっても、です。生きることの大変さと儚(はかな)さを胸に、この一日一日を感謝して生きていくしかない。そう覚悟しているのです。

 

2010年8 月23日

NO.27-1(メインコラム)胡蝶の夢

今回のテーマは「胡蝶の夢」です。

ワールドカップサッカーの日本選手たちの活躍、素晴らしかったですね。

私は、活躍した選手たちもさることながら、時々画面が捉える控え選手のことがズッーと気になっていました。「彼らはピッチの外に立ち、どんな思いで戦況を見ているのだろうか」・・・・・と。

夏休みの最中そんなことを考えている内に、ウトウトしてしまいました。

ふっと我に返ったとき私は、自分が「サーカー日本代表選手」なのか、「さっきまでの自分」なのか、 分からなくなってしまいました(笑)。


今回、そのウトウトの中で湧き上がってきた「荘子の胡蝶の夢」ならぬ「私の雑感(胡蝶の夢)」のお話をします。


雑感:その1) サッカー選手たちが上司を見る目。 “勤め人” と違いそうだ・・・・・・。

サッカー選手たちが上司を見る目は、「自分を試合に出してくれるかどうか」の一点。

人間的魅力に溢れていようがなんだろうが関係なさそうだ。


雑感:その2) サッカー選手たちが同じポジションのチームメイトを見る目。 これも “勤め人” と違いそうだ・・・・・・。

サッカー選手たちが同じポジションのチームメイトを見る目は、「自分の生活を脅かす奴」の一点。

お互いを高め合う良きライバルなんて生易しい関係ではなさそうだ。


雑感:その3) マスコミはこぞって「控えの選手たちも心を一つにして掴んだ勝利!!」と報じていた・・・・・・。

確かに控えの選手たちの顔は、「オレはぜったい腐らないぞ! チームを盛り上げるぞ!」って表情をしていた。


ここまで来て私。漸く夢から目が覚めました。


控えの選手たちは、モチベーションが切れる限界のキワに立って初めて気が付いたんだ。

ここで腐ると、次が遠のく」ってことを。

折れないために彼らは、自分達の心に問い掛けたんだと思います。 次のように。

①このキワの経験って、どんな意味を持つのか? “オレ(私)のサッカー人生にとって”。

キワに立ってみて何に気付く?本当に大切なことって何? “オレ(私)のサッカー人生にとって”。

③もしオレ(私)がこのキワを乗り越えたら、このキワの向こうにどんな世界が広がっているのか?


アナタも心の中に“問い”を用意してみませんか? キワに立つ時のために!!


Line

Kimo

 

 キワで分かれる。  心に“問い”を持つ人、 持たない人!!

2010年8 月20日

NO.26-3(NO.26-1関連その2)自分の役割を考える

今回、(26-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、山本七平氏の著作「人望の研究」です。


どんな役割を担うにせよ、その大前提は「人間力」だと思います。


そんな思いから、メインコラム「自分の役割を考える」の関連資料として、今回、この「人望の研究」を取上げました。



Line


 

「人望の研究」(山本 七平 著)

☑『近思録』によれば、自らを訓練すればだれでも聖人になれる可能性を持っているのだから、この能力、すなわち「人望の条件」は、だれでも獲得できるのである。私はこの考え方はきわめて常識的で、ごくあたりまえのことだと思う。

 

 

☑ではここで、「克・伐・怨・欲(こくばつえんよく)」を棄て、「(プライド)」を去り、「喜・怒・哀・懼・愛・悪・欲」の七情を制し、「愚者は則ち之(七情)を制するを知らず」という状態から脱しえたと仮定しよう。次に何をすればよいのか。まず、「九徳」を目指すことであろう。『近思録』には、「九徳最も好し」とあるから、これに到達することを目指せばよいであろう。行為に現れる九つの徳目を次ぎに挙げると

(1)    (かん)にして(りつ) :寛大だが、しまりがある。

(2)    (じゅう)にして(りつ):柔和だが、事が処理できる。

(3)    (げん)にして(きょう):まじめだが、ていねいで、つっけんどんでない。

(4)    (らん)にして(けい) :事を治める能力があるが、慎み深い。

(5)    (じょう)にして(き) :おとなしいが、内が強い。

(6)    (ちょく)にして(おん):正直・素直だが、温和。

(7)    (かん)にして(れん) :大まかだが、しっかりしている。

(8)    (ごう)にして(そく) :剛健だが、内も充実。

(9)    (きょう)にして(ぎ) :強勇(ごうゆう)だが、義(ただ)しい。

 

いわば日常においても、何か事件が起こったときに、自分はそれを「九徳」の原則どおりに行っているかを絶えず自ら検討する。こういう練習のことを古人は「修養」と言った

 

 

☑たとえ「九徳」を備え、「七情を約して中に合わせ使(し)め」でも、それだけで人望が得られるわけではない。問題はその指揮官の能力なのである。兵隊はこれを、とくに戦場では、実に的確に見抜く、なにしろ自分の命にかかわるのだから。部下の目が自分に集中する。しかもそれが自分より年上で、何回かの召集を経、人生経験、社会経験、戦場経験、すべて自分より上となるとその目は恐ろしい。そして、その評価に耐える「」と「能力」があってはじめて人望ある指揮官になれるわけである。

 

 

☑戦場では、その能力発揮のための、次のようなマニュアルがあった。その順番を記すると、

 

1)状況判断、(2)決心(いまの言葉で言えば「決断」)、(3)処置  であり、

 

この処置の順序が、

①目標の設定・明示、 ②目標達成の方法の確立とその徹底、 ③その方法に基づく組織の編成替え乃至(ないし)配置替え、 ④行動開始、

 

 

これを現実に実行に移すには部下の掌握が不可欠であり、その基となる人望がなければ机上の空論に終わる。