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2011年7 月29日

NO.73-3(NO.73-1関連その2)キャリアから見た”日本の将来”(下)

今回、(73-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、籔中 三十二 氏の「国家の命運」です。

 

藪中氏は、「アジアを舞台にした「アジア版標準」、それを世界の「デファクト・スタンダード」としていくような姿勢をとることだ。」と主張しています。

 

そう言えば、中国は 一人っ子政策の弊害で 先進国に続き 高齢化社会の仲間入りをします。

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                                                 「国家の命運」(籔中 三十二 著)

 

☑今後の日本の成長戦略、というより、生き残り戦略として、どれだけ世界標準作りで主導権を握るかがカギを握る。東アジア共同体構想が盛んに議論されているが、東アジアで日本が主導権をとり、韓国、中国と協力し、さらにシンガポールなどASEAN諸国を巻き込んでアジア標準を作るというのが道ではないかと思う。成長するアジア市場、そこでの標準化は事実上の世界戦略につながる可能性がある。日本はそこで、いわゆる創業者利益を最大化するような取り組みが必要だろう。アジアを舞台にした「アジア版標準」、それを世界の「デファクト・スタンダード」としていくような姿勢をとることだ。

 

☑他国からみると、日本が抱える最大の問題はデモグラフィー、すなわち人口動態の変化なのだ。高齢者が増え、それを支える現役世代が反比例して減ってゆく、その上、人口そのものが減少していく社会というのは、常識的には生活水準が下落し続ける、先行き不安だらけの世の中である。多くの外国人識者が、「なぜ、日本ではデモグラフィーが差し迫った危機として受け止められないのか、まったく不思議だ」という。世界各国、世界の投資家たちが険しい眼差しで見つめる日本のデモグラフィー、近い将来、労働力が急速に失われていく国に、誰も本格的な投資などしようとしない。

 

☑この危機について考えていくと、外国人労働者の受け入れについて、今よりも積極的に取り組んでいくべきだというのが、私の考えである。今の日本の制度では、①単純労働者は入れない、②母国で大学(ないしは専門学校)を出て、看護や介護資格を持つ人でなくてはならない、③経済連携協定という特別の取り決めにもとづき年間千人までとし、④三年間で日本の国家試験に合格しなければ帰国、⑤日本人と同じ賃金、ということになる。

私論としてまとめると、①ハイテク人材の大幅受け入れ、②介護などのサービス人材の大幅受け入れ(単純労働はダメという方針の見直し)、③人材受け入れに際して、日本語教育など必要な手当をする、④主要駅に公的な保育所を開設する、⑤市のセンターにデイケアの介護施設を開設する、ということが考えられる。

 

☑忘れてはならないのは、今はまだ、日本が技術力でトップを走っていることだ。多くの新興国家は、日本の技術力に憧れに近い感情を抱いている。ここで日本が技術力を発揮し、システムを標準化し、創業者利益を最大化することだ。中国や韓国企業がすぐ後を追ってくるだろうが、ITでも家電でも常に先頭を走っていくことが、日本として生き残る道ではないだろうか。

このためにも、日本が、特に日本の若者が世界にもう一度目を向け、内向きにならず、世界の舞台に飛び出していくことだ。そこでは、しゃべれる英語をマスターし(これは決して難しいことではない)、ロジック力をつけ、攻撃力をつけ、世界と堂々とわたりあってほしい。

2011年7 月27日

NO.73-2(NO.73-1関連その1)キャリアから見た”日本の将来”(下)

今回は、「73-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、堺屋 太一 著作の 「凄い時代 勝負は2011年」です。

 

堺屋氏は著書の中で、

「日本のチャンス、それは高齢化である。日本の高齢者は世界一健康年齢が長く、勤労意欲も強い。」 と 

 

日本の高齢者を、高齢化社会に求められる商品・サービスの市場化・事業化の仕事に巻き込む!!

私はそこがポイントだと思います。

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                                           「凄い時代 勝負は2011年」(堺屋 太一 著)

 

☑今日の日本の経済不況は、自由化・規制緩和のせいではない。この国の問題は、製造業を中心とした物財の面だけを自由化・規制緩和しながら、21世紀の成長分野である医療・介護・育児・教育・都市運営・農業などを完全な統制体制のままにしてきた「偽りの改革」にある。国民はこのカラクリに気づきだした。官僚に対する信頼の低下と、公務員制度の改革を支持する投票結果がそれを表している。

 

☑戦後の日本にとって「外国」とは唯一アメリカだった。80年代まで、日本人は「強大なアメリカは稼がせてくれて当然」と考えていた。90年代に入ると、そのアメリカが日本に対して「対等」を主張しだした。日本の流通業の自由化を求め、農産物の輸入を要求しだした。投資や企業買収の自由化も求めだした。それを「第二の黒船」と呼んだ論者がいる。日本が「第二の鎖国」状態だったからこそ「第二の黒船」が来たのだ。

 

☑今回の大不況は、日本を巡る国際金融をも決定的に変えた。アメリカと並んで、中国が「第二の外国」として台頭してきたのだ。日本の歴史上珍しく「二つの外国」を持つことになった。つまり、国際社会が迫ってきたのである。これを乗り切る道は「嫌々の開国」ではなく、好んでグローバル化を進める精神状態になることだ。

 

☑これからの三年間は「凄い時代」だ。古い規律と価値基準を持つ人々には「厭な世の中」、新しい発想と勇気を持つ者には「おもしろい時代」だ。未来の繁栄と栄光を決定する勝負時は二年後、やがて来る「二番底」から回復する2011年頃になるだろう。それは恰(あたか)も、電車の乗り換えに似ている。新しい車輛に乗客が殺到して座席を競う。今まで座席に座っていた者でも取りはぐれて立ちん坊になることもあれば、戸口にぶら下がっていた者が一等席に座ることもある。

 

☑歴史的なこの瞬間に、日本には二つのチャンスがある。

一つは不況そのもの、諸外国を上回る落ち込みである。不況とはヒトとモノと土地が余る現象である。不況の深さは、より安価に、よりよいヒトとモノと土地を利用する好機を生む。モノが下がりヒトが余り土地が空く今こそ、新しい起業の好機、新産業の成長のチャンスである。日本が、ここ三年のうちに「明治維新」的改革に踏み切れば、21世紀にもこの国は世界経済の主要プレイヤーとして活躍できるだろう。

もう一つの日本のチャンス、それは高齢化である。日本の高齢者は世界一健康年齢が長く、勤労意欲も強い。新しい社会状況に応じた年齢感の見直しができれば、有能有志の労働力となるはずである。もちろん、高齢者は多様だ。こうした人材を使いこなすためには、それを対象とした対人技術(ヒューマン・ウェア)の開発が急がれる。日本の企業には帰属意識の乏しい人々を扱う技術が乏しい。

2011年7 月25日

NO.73-1(メインコラム)キャリアから見た”日本の将来”(下)

今週のテーマは“「キャリアから見た“日本の将来”(下)」です。

これまで(上)(中)と2週に渡り続けてきましたシリーズの最終回です。

 

日本のこれからを考える前に、1億2千万人の日本人平均年齢推移を見てみましょう。

1960年(28.5歳)→ 1980年(33.5歳)・・・追いつけ追い越せ のヤング世代でした。

2000年(41.4歳)→ 2010年(44.6歳)・・・40歳代に突入とともに 停滞期 に突入しました。

2020年(47.2歳)→ 2030年(49.2歳)・・・その後いっきに 成熟期 に突入です。

 

日本は地球上の先進国のトップを切って高齢化社会に突入します。

世界の先進国の中でどの国も経験したことのない高齢化社会を一番先に経験する。

このアドバンテージを活かせるか否か?これこそが21世紀日本の最大のテーマなのです。

 

「最先端の科学技術を追い求める」“若い先進国” と 

「その技術を取り入れた高齢者向け新商品・新サービスの開発 と その市場化を推進する」“成熟先進国 日本”  という役割分担の構図です。

高齢者に適した自動車

高齢者に適したデジタルライフ

高齢者に適したエネルギー政策

高齢者に適したロボット(介護、歩行、家事支援)

高齢者に求められる介護ケアのノウハウ及びソフト

高齢者に適した医療制度、年金保険制度

高齢者に適した社会インフラ、システム などなどです。

 

では、こうした高齢化社会向けの新商品・新サービスの開発 及び 市場化推進の KFS は何か?

第一は、福祉業界、介護業界、医療業界に優秀な人材を投入することです。

しかし残念なことにこの分野に優秀な人材がなかなか就職(転職)しません。

給料が悪そう、仕事がキツそう、プライドが許さない・・・・・・。

まさに賢者の盲点です。

私は転職相談に訪れる人のなかで“志ある方”に次のように語り掛けます。

革命を起こしませんか? あなたの手で」 と。

 

第二は、80歳まで生涯現役社会を実現することです。

その実現には“一生学び続ける覚悟”が一人ひとりに求められます。

私は転職相談に訪れる人のなかで“志のない方”に次のように語り掛けます。

人生90年時代、金融資産も大切ですが一番大切なのはアナタの人的資産の運用・管理です」と。

 

まもなく戦後70年。

第二幕の開演時間が迫っています。

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Kimo   あなた 革命を起こしませんか? この国に!!

2011年7 月22日

NO.72-3(NO.72-1関連その2)キャリアから見た”日本の将来”(中)

今回、(72-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、籔中 三十二 著書 「国家の命運」です。

 

籔中氏は 著書の中で 日本が生き残る道の1つとして、日本の若者に次のような期待を述べています。

日本が、特に日本の若者が世界にもう一度目を向け、内向きにならず、世界の舞台に飛

び出していくことだ。」 と。



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                    「国家の命運」(籔中 三十二 著)

 

☑今後の日本の成長戦略、というより、生き残り戦略として、どれだけ世界標準作りで主導権を握るかがカギを握る。東アジア共同体構想が盛んに議論されているが、東アジアで日本が主導権をとり、韓国、中国と協力し、さらにシンガポールなどASEAN諸国を巻き込んでアジア標準を作るというのが道ではないかと思う。成長するアジア市場、そこでの標準化は事実上の世界戦略につながる可能性がある。日本はそこで、いわゆる創業者利益を最大化するような取り組みが必要だろう。アジアを舞台にした「アジア版標準」、それを世界の「デファクト・スタンダード」としていくような姿勢をとることだ。

 

☑他国からみると、日本が抱える最大の問題はデモグラフィー、すなわち人口動態の変化なのだ。高齢者が増え、それを支える現役世代が反比例して減ってゆく、その上、人口そのものが減少していく社会というのは、常識的には生活水準が下落し続ける、先行き不安だらけの世の中である。多くの外国人識者が、「なぜ、日本ではデモグラフィーが差し迫った危機として受け止められないのか、まったく不思議だ」という。世界各国、世界の投資家たちが険しい眼差しで見つめる日本のデモグラフィー、近い将来、労働力が急速に失われていく国に、誰も本格的な投資などしようとしない。

 

☑この危機について考えていくと、外国人労働者の受け入れについて、今よりも積極的に取り組んでいくべきだというのが、私の考えである。

今の日本の制度では、①単純労働者は入れない、②母国で大学(ないしは専門学校)を出て、看護や介護資格を持つ人でなくてはならない、③経済連携協定という特別の取り決めにもとづき年間千人までとし、④三年間で日本の国家試験に合格しなければ帰国、⑤日本人と同じ賃金、ということになる。

私論としてまとめると、①ハイテク人材の大幅受け入れ、②介護などのサービス人材の大幅受け入れ(単純労働はダメという方針の見直し)、③人材受け入れに際して、日本語教育など必要な手当をする、④主要駅に公的な保育所を開設する、⑤市のセンターにデイケアの介護施設を開設する、ということが考えられる。

 

☑忘れてはならないのは、今はまだ、日本が技術力でトップを走っていることだ。多くの新興国家は、日本の技術力に憧れに近い感情を抱いている。ここで日本が技術力を発揮し、システムを標準化し、創業者利益を最大化することだ。中国や韓国企業がすぐ後を追ってくるだろうが、ITでも家電でも常に先頭を走っていくことが、日本として生き残る道ではないだろうか。

このためにも、日本が、特に日本の若者が世界にもう一度目を向け、内向きにならず、世界の舞台に飛び出していくことだ。そこでは、しゃべれる英語をマスターし(これは決して難しいことではない)、ロジック力をつけ、攻撃力をつけ、世界と堂々とわたりあってほしい。

2011年7 月20日

NO.72-2(NO.72-1関連その1)キャリアから見た”日本の将来”(中)

今回は、「72-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、メインコラムで取上げました 「精神と物質」(利根川 進、 立花 隆 著)です。

 

この「精神と物質」 私の読書歴の中で トップ10冊に入る内容の濃い1冊です。

 

ぜひご覧ください。 



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                  「精神と物質」(利根川 進、 立花 隆 著)

  

立花)どういうものが科学の発展に本質的に資するといえるんですか。

利根川)科学というのは、一般法則の発見を目的にしているわけでしょう。より一般性のある、より普遍性のある原理や法則を見つけていくことが科学の発展というものでしょう。その目的により大きく近づくことができる研究ほど重要な研究ですよ。ところが現実には、各論の中でもとりわけどうでもいいようなことやっている人が多すぎるんです。

 

立花)それはどうしてなんですかね。

利根川)結局、何が本当に重要なのかを充分見きわめないうちに研究をはじめちゃうからなんですね。これはちょっと面白いなというぐらいで研究テーマを選んでしまう。それじゃダメなんです。だからぼくは学生に“なるべく研究をやるな”といっている。だってそうでしょう。一人の科学者の一生の研究時間なんてごく限られている。研究テーマなんてごまんとある。ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ。だから、自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまで研究をはじめるなといっているんです。科学者にとって一番大切なのは、何をやるかです。何をやるかというアイデアです。

 

立花)でもみんな自分では重要なことをやっていると思っているわけでしょう。

利根川)ジャッジメントというのは、結局、これまでの体験が脳の中に残したメモリーのアキュムレーション(累積)によってなされるわけだから、すぐれたサイエンティストたちの共通体験がもたらす共通判断のようなものがあると思うんだね。ところが中には情報が不足しているか、または情報を受けいれるときの判断が甘いために、間違った仮説をたてて、頑固にそれを信じこんでしまうとか、枝葉末節のことにこだわってどうでもいいことを探求しつづけるとか、おかしな人が沢山いますよ。どういう研究をすればより一般性がある法則の発見につながるかという判断が重要になるわけです。

 

立花)その判断能力を身につけるにはどうすればいいんですか。

利根川)いちばんいいのは、世界的な研究の中心に我が身を置くことなんです。それがダルベッコのところに行ってよくわかった。研究の中心部と周辺部とでは、こんなにも情報の落差があるものかと思いました。ペーパーなんかで発表される情報はかなり古いもんなんです。だいたい半年から一年遅れています。最新の情報は全部口コミなんです。そういう情報の中心にいると、研究の全体像が視野に入ってくる。そして何が重要で何が重要でないかが自然に判断がつくようになる。あっちの研究室ではとっくに結論が出ていることをこっちの研究室では苦心惨憺して追いかけているとか、全部見えちゃう。