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2011年12 月16日

NO.91-3(NO.91-1関連その2)ホランド理論を越えて

今回(91-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、「米国製エリートは本当にすごいのか?」(佐々木 紀彦 著)です。

 

この本を私なりに解釈すると、

『「米国製エリートのすごさ」はホランドコードで表せば、「S」と「I」にある』です。

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                                   「米国製エリートは本当にすごいのか?」(佐々木 紀彦 著)

 

■私は日本人学生と米国人学生の間に、さほど能力の差があるとは思いません。にもかかわらず、学問、ビジネス、政治などの分野で、日本が米国に勝てない最大の理由は、日本人の「インプットの量と質の低さ」と「知を集団で高める技術の低さ」にあると思います。まず、知力とは何かを語るには、料理の例を出すのがわかりやすいでしょう。単純化すると、おいしい料理をつくるためには、以下の3つの要素が欠かせません。

①よい素材を調達する力

②素材を組み合わせて、うまく調理する力

③できあがった料理を、味見したり、批評してもらったりして改善する力

料理の話を知力に当てはめると、料理における「素材」に対応するのが「①知識、情報」です。そしてシェフの「調理技術」に対応するのが「②頭とセンスのよさ」であり、「改善力」にあたるのが、「③対話のスキル」となります。まとめると以下のようになります。

良質な知識と情報 :よい素材(=知識、情報)を入手する力

頭とセンスのよさ :知識、情報を組み合わせて論理的にクリエイティブにまとめる力

対話のスキル :自分の意見やアウトプットを、他者との対話を通じて磨いていく力

クリエイティブなものを生むには、センスが求められます。ただしセンスを後天的に鍛えるのは容易ではありません。センスとは運動神経のようなもので、才能に依存するところが大です。運動神経が悪くとも、努力により運動能力は向上しますが、限界はあります。結局、人とは違う質の高いアウトプットを出すためには、①の「よい知識と情報を入手する力」と③の「対話のスキル」を学ぶのが最も効率的です。とくに、グローバル化やIT化により知識と情報の量は爆発的に増えているだけに、玉石混淆の素材の中から何を選ぶかが、ますます重要になっています。いかに論理的思考力や計算能力に優れていても、その基となる知識や情報の質が低ければ、正しい答えは導き出せません。

 

■知力の核となる、インプット能力を高めるにはどうすればいいのでしょうか。私の一番のお勧めは、有名教授のシラバスを参考にすることです。そこに記載されている課題図書は、専門家のスクリーニングがかかったものですので、それらを徹底的に読み込めば、あるテーマについて、専門家と話しても恥ずかしくないだけの知的ベースができ上がります。多くの教授が自身のホームページや大学サイトでシラバスを公開していますから、入手は簡単です。試し読みして面白いと感じたら、その教授の推薦図書をぶっ通しで読んでみることです。そうすれば、米国の大学で授業を実際に受けるのと遜色ないレベル、ときにはそれ以上の知力向上を望めるはずです。この例に限らず、「勉強の真髄は自習である」と身にしみて感じます。帰国後、多くの方から「留学で一番学んだことは何ですか」と聞かれたのですが、いろいろ考えた末に行き着いた答えは、「自習のための正しいフォームを身につけることができた」ということです。

2011年12 月14日

NO.91-2(NO.91-1関連その1)ホランド理論を越えて

今回「91-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』(児美川 孝一郎 著)です。

 

著者は若者に対して

「仕事をしてもみないうちに、その職業と自分とのマッチングを判断しようなどというのは、最初から発想が“転倒”しているのです。」と述べています。

 

私も若者に対して「己の世界観、人生観が見えないまま、マッチング理論を先行させる」ことに危うさを感じます。

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                               『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』(児美川 孝一郎 著)

 

■現在、高校や大学において、キャリア教育やキャリア支援への取り組みが、急ピッチで展開されています。しかし、少なくとも私は、こうした取り組みが、現在の若者たちが直面している“苦境”を救うものになるとは考えていません。単刀直入に言えば、ちまたで流行っているキャリア教育・キャリア支援は、新規学卒一括採用を経て、正社員として「日本的雇用」の世界に入っていくというコースの間口が、かなりの程度まで狭められていることを承知しながら、にもかかわらず(・・・だからこそ、と言うべきでしょうか)、競争して、自らを「エンプロイアビリティ(雇用される能力)」で着飾らせて、その狭められたコースになんとか乗っていけることを推奨しています。言ってしまえば「勝ち組」のすすめです。これは、言わば現にある労働市場への「適応」のすすめなのです。

 

■「勝ち組」でないと正社員にはなれないわけですし「適応」が必要だという論理にもなっていくのです。そこはやはり、依然として「正社員」モデルです。本当は、「同一価値労働・同一賃金」という原則さえ成立していれば、個人の働き方は、日本的な意味での、“正社員か、非正規社員か“という狭い選択肢しかないわけではなく、もっと多様にありうるわけです。

 

仕事をしてもみないうちに、その職業と自分とのマッチングを判断しようなどというのは、最初から発想が“転倒”しているのです。自己理解から出発して、若者たちに経験の裏づけのない「やりたいこと」志向を煽ったり、逆に、“自分の適性に合った職業を見つけなくてはいけないのだ”という脅しとして機能してしまうかもしれないキャリア支援は、もうやめにしましょう。むしろ、日本社会、経済や産業、職業、企業、労働者の実態についてリアルに把握することをめざす、そのことを通じて、労働(働くということ)について、原理的にも現実的にも考えることのできるキャリア教育・キャリア支援から始めるというのは、どうでしょうか? これが私の提案のひとつです。本来、キャリア教育というのは、“もうひとつの未来”がありうるという点についても若者たちに提示していくべきものではないでしょうか。若者の未来にこの私たちの社会の未来を重ねるということです。

 

■今日の若者たちの“苦境”を救うためには、新たな「学校から仕事への移行」のかたちを構築していく必要があります。その際には特に、正社員以外の就職ルールについても目配りをすること、「自分さがし」に埋没してしまうようなキャリアガイダンスを改善すること、労働者の権利と働く場のルールについて豊かに学習できる機会を提供すること、中・長期的には学校教育の職業的レリバンス(学校教育と職業能力との関連性)を強める改革を行っていくこと、それに対応した労働市場の改革を求めていくこと、が求められています。

2011年12 月12日

NO.91-1(メインコラム)ホランド理論を越えて

今週のテーマは「ホランド理論を越えて」です。

ホランドはアメリカの心理学者で、ホランド理論を提唱した人です。

ホランドの名前を知らない人も、職業に対する興味・適性を測るため「VPI職業興味検査」を一度はどこかで受けているはずです。

このVPI職業興味検査を構成している理論ベースが「ホランド理論」です。

ホランドは「“人間のパーソナリティ”と“取巻く環境”は6つに分類されおり、自分の類型に適した職業を選択することにより安定した職業選択をすることが出来る」と述べています。

【ホランドの6つの類型】

現実的Realistic):機械や物を対象とする具体的で実際的な仕事や活動

研究的Investigative):研究や調査などのような研究的、探索的な仕事や活動

芸術的Artistic):音楽、美術、文芸など芸術的領域での仕事や活動

社会的Social):人に接したり、奉仕したりする仕事や活動

企業的Enterprising):企画や組織運営、経営などのような仕事や活動

慣習的Conventional):定まった方式や規則に従って行動するような仕事や活動

 

さて、ここから本題です。

実は、20世紀が終わりを告げ、いま世の中が求める人材像が大きく変わり始めています。

ホランド理論で言えば、ポイントは【6つの類型】のうちの「研究的のI」と「社会的のS」です。

21世紀は、6つの類型にかかわらず、「I」と「S」の要素が備わっていない人は生き残りが難しい時代です。

具体的に話をしましょう。例えば

■20世紀の農業従事者は「R」で頑張っていればこと済んでいました。

現在、若手農業従事者たちは、大学の農学部、企業の研究部門と組んで、品種改良の研究「I」をしながら農作業「R」を行っています。

 

■20世紀型のバスの運転手は運転技能「R」に優れていればこと足りていました。

現在のバス会社は、接客適性「S」の無い人は運転技能「R」が高くても採用しません。

 

■20世紀型の企業経営者はイケイケドンドンの経営「E」で社員が付いてきました。

現在の経営者は、社内外とコニュニケーション能力「S」がお粗末では社員にも株主にも見放されます。

 

今日の結論。

21世紀に生き残れる人材は、“自分の類型 に 「Iの要素」と「Sの要素」”を備えた人です。

かつて“国鉄職員”、“自動車運転教習場の教員”の横柄な態度に不愉快な思いをした人、私も含めたくさんいると思います。

あれから30年“国家公務員”でさえ「I」と「S」がなければ生き残れない時代がそこまで迫っています。

以上です。 

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                                                                                                              Kimo                                         

Iの要素」と「Sの要素」を備える!

2011年12 月 9日

NO.90-3(NO.90-1関連その2)夫婦というスタイルの選択

今回(90-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、五木 寛之 著作「人間の関

係」です。

 

五木氏は著書の中で次のように述べています。

人間はすべて他人であり、その他人が共に生きることに意味がある。時には「親子も他人」と、考えてみることも必要なのではないでしょうか。

 

「家族の一人である前に、一人の人間としてどう生きていくか」その覚悟が必要なのかもしれない。」と私は解釈しました。



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                   「人間 の 関係」(五木 寛之 著)

 

☑人間は自己の長所を適確に感じとってくれる相手に好意を抱くものです。ひそかに自負している点はもちろんですが、自分自身でさえ気づいていなかった特質を、きちんと見抜いてくれた人には特別な好意をおぼえます。たとえライバルであったとしても。仕事の上で敵対しながらも、お互いに高く評価する。本当の人脈とは、そういう関係をさすのではないでしょうか。

 

☑もう一つの人脈、「無償の交友」とは、自分がさずかった人脈、交遊関係、師弟関係、またすべての人間関係を、絶対に利用しないと決意することです。それは、いくら相手に裏切られようと、そのことを決して怨んだり、後悔しない関係です。人脈を天からさずかったものだと感じられれば、おのずと人脈の縁は訪れてくる。そう考えてみてはどうでしょうか。

 

☑一家で仲むつまじく幸せにすごしている家庭の話が、よく新聞や雑誌にのることがあります。それを見るたびに、幸福な人たちだなあ、うらやましい家庭だなあ、と、ため息をつかずにはいられません。幸せな親子、和やかな家庭、成功した子育ての記事や写真がマスコミに派手にとりあげられるのは、実際にはどれほどその反対の不幸なケースが多いかということの証拠ではないでしょうか。血のつながりがすべてではない。それをこえることも大事なのだ。人間はすべて他人であり、その他人が共に生きることに意味がある。時には「親子も他人」と、考えてみることも必要なのではないでしょうか。

 

☑熱い、燃えるような恋愛のなかで、お互いをずっと生涯の恋人として愛しつづけることも、きっとあるでしょう。それはそれで幸せですが、しかし、仏教ではときに「愛」についてこう教えています。「愛から生まれるもの、それは執着である」。執着や欲望は、煩悩として人の心を苦しめます。独占欲も生まれてくる、嫉妬心も生まれてくる。その苦しみから人間はぬけださなくてはならない。穏やかで、透明で、永続的で、覚悟のさだまった人間関係というものを、仏教の考え方は暗示していると思うのです。

 

☑いま必要なのは、人間と人間とのあいだをつなぐシナプス、心のシナプスとでもいうべきものではないでしょうか。「人間の関係」におけるシナプスとは、一体なんだろう。それをどう発見し、どう育てていけばいいのだろうか。ぼくはそのことを、ずっと長いあいだ考えつづけてきました。そして少し見えてきた方向が、「人間」を考えるのではなく、「人間の関係」を考えることこそ重要だ、ということです。人間は「関係」がすべてである。そして家族も夫婦もまず「他人」になることから出発するしかない。他人同士からはじまる「人間の関係」。それが「生きるヒント」の先にみつけた、僕なりの「答え」です。

2011年12 月 7日

NO.90-2(NO.90-1関連その1)夫婦というスタイルの選択

今回「90-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、「日本のもと家族」(服藤 早苗 著)です。

 

この本を読むと、日本の家族形態はこれまで いろんな変遷を経て来たし、これからも変化していくであろうことが理解できます。

 

まさに、「人生いろいろ、スタイルもいろいろ」ですね。



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                       「日本のもと家族」(服藤 早苗 著)

 

■大昔の家族は、どのようなものだったのでしょうか? 飛鳥時代ごろまでの家族の基本形は、「お母さん+子ども」でした。近所には、お母さんの兄弟姉妹や親戚の家族、それ以外の家族などが住んでいて、みんなで助けあって暮らしていました。では、お父さんはどうしていたのでしょうか? じつは、お父さんは、自分の実家で家族などといっしょに暮らしていました。そして、夜になるとお母さんのもとに通ってきて、朝には自分の家に帰ったのです。そういう訳ですから、このころはお母さんと子どもの結びつきは強かったのですが、お父さんと子どもの結びつきはあまり強くはありませんでした。

 

■平安時代中ごろになると、貴族の間で結婚のあり方が変化してきました。娘のいる貴族にとって、よい婿(むこ)をむかえられるかどうかは、一族の繁栄を左右する重大な問題でした。運よく朝廷で高い位にある婿(むこ)をとることができれば、自分たち一族も出世できるかもしれません。だから、結婚の儀式を盛大に行って、娘がいい婿(むこ)と結婚したことを世間の人々に知らせ、結婚による結びつきをよりたしかなものにしようとしたのです。では庶民のようすはどうだったのでしょう? 平安時代の庶民の男女の出会いの場には、神社やお寺がありました。お参りに来て出会った男女が、おたがいのことを好きになったら、男の人が女の人の家に通うようになり、子どもをつくるのです。庶民の結婚は、前の時代とあまりかわっていなかったんですね。

 

■鎌倉時代になって大きく変わったことは、お嫁さんがお婿(むこ)さんの家に住むようになったことです。その動きはまず武士の間ではじまり、やがて貴族などにも広がっていきました。ところで鎌倉時代から室町時代にかけては、身分の上下にかかわらず、家族をもたない人々、つまり結婚しない人々も大勢いました。

 

■江戸時代後期になると、農民や町人の間に、見合い結婚が流行りはじめました。ただ、見合いといっても、テーブルをはさんで向き合い「あなたの趣味は?」などと話をするわけではなく、遠くから顔を見合うだけのものでした。

 

■明治時代のはじめごろ、日本の夫婦の離婚率は欧米諸国に比べて高かったのですが、民法で25歳未満の女性の離婚には親の同意が必要と決められたことなどにより、離婚率が急激に下がりました。子どもを育てる権利(親権)も戸主だけがもっていたので、夫婦が離婚した場合、戸主ではない母親は子どもをつれていくことができませんでした。

 

■私たちは、家族というと「ふたりの夫婦と1~2人の子ども」のような2~4人の単位で想像してしまいますが、家族にさまざまなあり方があるということをお話してきました。