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2012年5 月30日

NO.109-2(NO.109-1関連その1)私が衝撃を受けたこの1冊

【経営50】 今回「109-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、「スティーブ・ジョブズ驚異のイノベーション」(カーマイン・ガロ 著)です。

スティーブ・ジョブズにとって創造性とはさまざまな物事をつなぐことを意味します。

ポイントは“つなぐ”ですね。

 

「スティーブ・ジョブズ驚異のイノベーション」(カーマイン・ガロ 著)

■「ジョブズならどうするだろうか?」。

ビジネスや人生についてジョブズが指針としている7つの法則を使うと、いやでも今までと違う考え方をするようになるはずだ。

法則1:「大好きなことをする」

スティーブ・ジョブズは、心の声に従ってきたし、それがよかったのだと言う。

 

法則2:「宇宙に衝撃を与える」

ジョブズは、自分と考え方が似ていて自分のビジョンに賛同する人々、世界を変えるイノベーションへと自分のアイデアを変えてくれる人々を惹きつける。アップルのロケットは情熱が燃料、ジョブズのビジョンが目的地だ。

 

法則3:「頭に活を入れる」

創造性がなければイノベーションは生まれないが、スティーブ・ジョブズにとって創造性とはさまざまな物事をつなぐことを意味する。幅広く体験すれば人間の体験を深く理解できるようになると信じているのだ。

 

法則4:「製品を売るな。夢を売れ」

アップル製品を買う人々をジョブズは「顧客」だと見ない。夢や希望を持つ人々だと見る。そして、その夢の実現を助ける製品をつくるのだ。

 

法則5:「1000ものことにノーと言う」

洗練を突きつめると簡潔になるとジョブズは言う。iPodからiPhoneのデザインまで、製品のパッケージからウェブサイトの機能まで、そのイノベーションは、不要なものを取り除き、必要なものの声が聞こえるようにすることである。

 

法則6:「めちゃくちゃすごい体験をつくる」

アップルストアは、顧客サービスとはこういうものだという基準になった。アップルストアを世界最高の小売店としたシンプルなイノベーションは他の分野にも応用可能で、どのような事業でも顧客と”心からのつながり”を長期的に結ぶことができる。

 

法則7:「メッセージの名人になる」

ジョブズは傑出した語り部で、企業の製品発表を芸術の域にまで高めた人物だ。世界一のイノベーションを思いついても、まわりの人を巻き込めなければ意味がない。

 

■「シンク・ディファレント」する個人やブランドの例を紹介する。

キャリア (法則1:「大好きなことをする」)

ビジョン (法則2:「宇宙に衝撃を与える」)

考え方  (法則3:「頭に活を入れる」)

顧客   (法則4:「製品を売るな。夢を売れ」)

デザイン (法則5:「1000ものことにノーと言う」)

体験   (法則6:「めちゃくちゃすごい体験をつくる」)

2012年5 月28日

NO.109-1(メインコラム)私が衝撃を受けたこの1冊

今週のテーマは「私が衝撃を受けたこの1冊」です。

これまで読んだ本の中で、私が一番大きな影響を受けた“衝撃の1冊”は、

「アイデアのつくり方」(ジェームス・W・ヤング 著)です。

この本は、文章が少なく、結論がズバッと書かれています。

<この本のキモ(抜粋)>

「アイデア作成の基礎となる一般原理については大切なことが二つある。

一つは、アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない、ということである。

第二の大切な原理というのは、既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きい、ということである。

事実と事実の間の関連性を探ろうとする心の習性がアイデア作成には最も大切なものとなるのである 。」以上。

 

私は、「アイデアとは既存の要素の組み合わせである」という考え方に衝撃を受けました。

頭の中の深い霧が一瞬にして晴れました。

私は以降(10年前から)、読んだ本、新聞、雑誌、人の話、経験したことなど全ての情報をデジタルデータとして記録することにしました。

デジタル化した全てのデータは現在、エバーノートでクラウド化し、

・本(1冊をA4サイズ1枚分に要約)で約500冊分、

・メモ・資料・新聞記事など約300アイテム、

の全データが、キーワード検索で “つながる” 仕掛けにしました。

最後に、私が一番大きな影響を受けた“衝撃のスピーチ”をご紹介します。

それはスティーブ・ジョブズのあの有名なスピーチです。

彼は、「人生の秘訣は、点と点をつなぐ」ことだと言いました。

<このスピーチのキモ(抜粋)>

「未来に先回りして 点と点を繋げる ことはできない。

できるのは、過去を振り返って繋げることだけなんです。

だからこそバラバラの点であっても、 将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。

自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。

点が繋がって道となることを信じることで、心に確信を持てるのです。

結果、人と違う道を行くことになっても、 信じることで全てのことは、間違いなく変わるのです。」以上。

 

ここにも「つなぐ」が出てきました。

「マイデータのクラウド化保管」絶対お勧めです。仕掛け作りにチャレンジしてみて下さい!

2012年5 月25日

NO.108-3(NO.108-1関連その2)東京時代

今回(108-1のメインコラム)の関連資料としてご紹介するのは、「人生の鍛錬 小林秀雄の言葉」(新潮社 編)です。

小林氏は言います。

「歴史の最大の教訓は、将来に関する予見を盲信せず、現代だけに精神的な愛着を持った 人だけがまさしく歴史を創って来たという事を学ぶ処にあるのだ。」と。

東京時代に生きる我々の生きざまが問われています。

 

「人生の鍛錬 小林秀雄の言葉」(新潮社 編)

 

☑自分の本当の姿が見附けたかったら、自分というものを一切見失うまで、自己解析を続ける事。中途で止めるなら、初めからしない方が有益である。途中で見附ける自分の姿はみんな影に過ぎない。自分というものを一切見失う点、ここに確定的な線がひかれている様に思う。こちら側には何物もない。向こう側には他人だけがいる。自分は定かな性格を全く持っていない。同時に、他人はめいめい確固たる性格であり、実体であるように見える。こういう奇妙な風景に接して、はじめて他人というものが自分を映してくれる唯一の歪んでいない鏡だと合点する。(「手帖Ⅰ」4-九七)

 

☑歴史は将来を大まかに予知する事を教える。だがそれと同時に、明確な予見というものがいかに危険なものであるかも教える。歴史から、将来に腰を据えて逆に現代を見下す様な態度を学ぶものは、歴史の最大の教訓を知らぬ者だ。歴史の最大の教訓は、将来に関する予見を盲信せず、現代だけに精神的な愛着を持った人だけがまさしく歴史を創って来たという事を学ぶ処にあるのだ。過去の時代の歴史的限界性を認めるのはよい。併しその歴史的限界性にも拘らず、その時点の人々が、いかにその時代のたった今を生き抜いたかに対する尊敬の念を忘れては駄目である。この尊敬の念がない処には歴史の形骸があるばかりだ。(「戦争について」10-十七)

 

☑一体、現代人は、人間の覚悟というものを、人間の心理というものと取り違える、実に詰らぬ癖があります。覚悟というのは、理論と信念とが一つになった時の、言わば僕等の精神の勇躍であります。(「事変の新しさ」13-一一六)

 

☑天職という言葉がある。若し天という言葉を、自分の職業に対していよいよ深まって行く意識的な愛着の極限概念と解するなら、これは正しい立派な言葉であります。今日天職という様な言葉がもはや陳腐に聞こえるのは、今日では様々な事情から、人が自分の一切の喜びや悲しみを託して悔いぬ職業を見附ける事が大変困難になったので、多くの人が職業のなかに人間の目的を発見する事を諦めて了ったからです。これは悲しむべき事であります。(「私の人生観」17-一三七)

 

☑答えを予想しない問いはなかろう。あれば出鱈目な問いである。従って、先生の問いに正しく答えるとは、先生が予め隠して置いた答えを見附け出す事を出ない。(中江)藤樹 に言わせれば、そういう事ばかりやっていて、「活発融通の心」を失って了ったのが、「今時はやる俗学」なのであった。取戻さなければならないのは、問いの発明であって、正しい答えなどではない。今日の学問に必要なのは師友ではない、師友を頼まず、独り「自反」し、新たな問いを心中に蓄える人である。(本居宣長補記Ⅰ)28-二六七)

2012年5 月23日

NO.108-2(NO.108-1関連その1)東京時代

今回「108-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、「下山の思想」(五木 寛之 著)です。

日本も今、次の山に登るための下山の時かもしれない。

 

「下山の思想」(五木 寛之 著)

☑「登山」より「下山」が大事、と、いつのころからそう思うようになっていた。年齢のせいもある。時代のせいでもある。仕事の面でもそうだ。これまで登山のオマケのように考えられていた下山のプロセスを、むしろ山に登ることのクライマックスとして見直してみたいのだ。前に一冊の本を書いた。『林住期(りんじゅうき)』という題名の本だった。そのタイトルは、古代インドの、人生を四つに分ける思想からとったものである。「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」。中国にも似たような言葉がある。「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」の四期である。登山というのは、ある意味で前半の二期にあたるのではあるまいか。そして、後半の二つの季節に相当するのが、「下山」であるような気がする。人生の一生でいうなら、五十歳までと、それ以後である。今の時代なら、さしずめ六十歳で定年退職してから後と考えるのが自然だろう。

 

☑山に登る、ということは、三つの要素があると思う。 一つは、山に登る、こと。 二つ目は山頂をきわめること。 三つは、下山すること、である。 その三つは、切り離しがたくつながっている。登山しっぱなし、ということはありえない。登った山からは、必ず下りるのだ。そして安全に、確実に、できれば優雅に麓(ふもと)にたどりつく。そして家へもどり、また新たな登山の夢をはぐくむ。登山、といえば山に登ることだけを考えがちである。だが、登ることは登山という行為の第一段階にすぎない。山頂をきわめる。そしてひと息入れたら下山にかかる。下山に失敗すれば、登山は成功とはいえない。登って、下りる。両方とも登山であり、山は下りてこそ、次の山頂をめざすことができる。急坂を登り、重い荷物を背おって頂上をめざすとき、人は周囲を見回す余裕はない。必死で山頂をめざすことに没頭しているからだ。しかし、下山の過程は、どこか心に余裕が生まれる。遠くを見はるかすと、海が見えたり、町が見えたりする。足もとに咲く高山植物をカメラで撮ることもある。こんな高い場所にも、こんな花が咲くのかと驚く。岩の陰から顔を出す雷鳥に目をとめるときもある。一歩一歩、足を踏みしめ安全に下りていきつつ、自分の人生の来し方、行く末を思うこともあるのではないか。下山する、ということは、決して登ることにくらべて価値のないことではない。一国の歴史も、時代もそうだ。文化は下山の時代にこそ成熟するとはいえないだろうか。私たちの時代は、すでに下山にさしかかっている。そのことをマイナスと受けとる必要はない。実りある下山の時代を、見事に終えてこそ、新しい登山へのチャレンジもあるのだ。少子化は進むだろう。輸出型の経済も変わっていくだろう。強国、大国をめざす必要もなくなっていくだろう。そして、ちゃんと下山する覚悟のなかから、新しい展望が開けるのではないか。下山にため息をつくことはないのだ。

2012年5 月21日

NO.108-1(メインコラム)東京時代

中学の社会の教科書で「日本の歴史年表」を確認しました。

地球誕生:46億年前、

生命の誕生:35億年前、

人類の誕生:1000万年前 ~ 500万年前

旧石器時代:数万年前

縄文時代:約1万年前 ~ 紀元前3世紀 (約8000年間)

弥生時代:紀元前3世紀 ~ 3世紀 (500~600年間)

古墳時代: 285 ~ 562  (約300年間)

飛鳥時代: 574 ~ 708  (134年間)

奈良時代: 710 ~ 784  ( 74年間)

平安時代: 794 ~ 1185 ( 391年間)

鎌倉時代:1185 ~ 1333 ( 148年間)

室町時代:1336 ~ 1573 ( 237年間)

安土桃山:1573 ~ 1603 (  30年間)

江戸時代:1603 ~ 1868 ( 265年間)

東京時代:1868 ~     (現在まで144年経過)

(※今から1000年後は、明治以降の「首都が東京」にあった時代を「東京時代」と呼んでいる。)

 

明治、大正、昭和から平成と続いた「東京時代」は既に144年が経過しました。

この先 この首都が東京の時代が何年続くのか分かりませんが、

今から1000年後の西暦3000年の教科書は、 「この東京時代をどんな時代として」記録するのでしょうか?

タイムマシンに乗って、1000年後の教科書を覗いてみましょう。

■「人と物と金の“出と入り”を264年に渡り制限し続けた第一次鎖国政策の江戸時代」、

その後の東京時代は、

人と物の“入り”を200年に渡り制限し続けた第二次鎖国政策の時代。また日本語モンロー主義の最後の時代」でした。 以上。

 

どうですか? 残念ながら「戦争の敗北から復興した奇跡の時代」ではありませんでしたね。

 

最後に、外国人労働者の受け入れに関する日本の現行制度を確認すると、

『日本人や永住者の配偶者や子である場合をのぞけば、「日本では代替できない高度の技術・技能職」に対しては在留資格が認めるが、単純労働者に対する在留資格は原則認めていません』。

 

私たちひょっとすると今、日本のターニングポイントの時代に生きているのかもしれませんね(苦笑)。