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2012年10 月24日

NO.127-2(NO.127-1関連その1)向き合わない

今回は、「127-1(メインコラム)の関連その1」として、ご紹介するのは、「老いの才覚」(曽野 綾子 著)です。

 

曽野さんは「長い間生きていると、気づくこともある」言っています。

 

「老いの才覚」(曽野 綾子 著)

 

☑超高齢化社会を迎えているが、年を重ねても自立した老人になる方法を知らない人間が増えている。マスコミでは、引きこもりの子供、フリーターなどをニュースで騒ぎ立てるが、実は、年の取り方を知らないわがままな老人が増えていることこそが大問題である。日本の将来に対しても、自立した老人になるためにも、老いの才覚=老いる力を持つことが重要なのである。その老いる7つの力とは、

①「自立」と「自律」の力 

②死ぬまで働く力 

③夫婦・子供と付き合う力 

④お金に困らない力 

⑤孤独と付き合い、人生を面白がる力 

⑥老い、病気、死と馴れ親しむ力 

⑦神さまの視点を持つ力

 

☑老人が健康に暮らす秘訣は、生きがいを持つこと。つまり、目的を持っていることだと思います。私の母が晩年、私に目的を与えてくれ、と言ったことがありました。老人性の軽い鬱病になっていたのかもしれませんが、私は「それはできません」と答えたのを覚えています。だれに対しても、他人は目的を与えることはできない。その人の希望を叶えるために相当助けることはできます。しかし、目的は本人が決定しなくてはなりません。それは、若者であろうと、アフリカの片田舎に生まれようと、ニューヨークの摩天楼の下に生まれようと、同じことです。

 

☑若い時は、見栄を張ることもあるでしょう。しかし長い間生きてくると、見栄を張っても仕方がない、と気づく。晩年が近づけば、何もかも望み通りにできる人など、一人もいないことが体験的にわかってくる。「分相応」を知るということは、長く生きてきた者の知恵の一つだと思います。

 

☑自分はどういう人間で、どういうふうに生きて、それにどういう意味があったのか、それを発見して死ぬのが、人生の目的のような気もします。私も含めてほとんどの人は「ささやかな人生」を生きる。その凡庸さの偉大な意味を見つけられるかどうか。それが人生を成功させられるかどうかの分かれ目なのだろう、と思います。

 

☑その人の生涯が豊かであったかどうかは、その人が、どれだけこの世で「会ったか」によって、はかられるように私は感じています。何も見ず、だれにも会わず、何事にも魂を揺さぶられることがなかったら、その人は、人間として生きてこなかったことになるのではないか、という気さえします。

 

☑結論を私流に簡単に言うと、人生はどこでどうなるかわからないから、それを待ったほうがいい、ということです。人間は、いくつになっても、死の前日でも生き直すことができる。最後の一瞬まで、その人が生きてきた意味の答えは出ないかもしれないのですから。

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