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2013年1 月28日

NO.136-1(メインコラム)足るを知る

今週のテーマは「足るを知る」です。

先日、ロシアの文豪、トルストイが老子に傾倒していた、ことをある本で知り、さっそく調べてみました。

 

まずトルストイ民話「人はどれほどの土地が必要か」を紹介します。

人間の欲望とその結末を題材にしたお話しです。

 

ロシアの田舎にパホームという小作人がいました。

パホームは一生懸命働いてきましたが土地を持っていませんでした。

パホームはこう嘆きました、「土地さえあれば 怖いものは何もないのに。悪魔だってこわくない」 

それを聞いた悪魔がパホームにこう返答しました。 「よしきた、お前と勝負してやろう、地面でおまえを虜(とりこ)にしてやろう」と。

その後パホームは苦労して地所持ちになりさらに一生懸命働いて地所を更に増やしていきました。

地所が増えるに従って暮しはよくなっていきましたがその生活に慣れると、また狭いと感じました。

そんなある時「よく肥えた土地をいくらでも安く買える」と聞いて辺境の土地パキシキールへ出向くと その村の村長が、「1日歩いた分だけの土地を1000ルーブリで譲ろう。ただし、日没までに戻ってくることが条件だ。」とパホームに言いました。

それを聞いたパホームは、時を忘れて遠くまで歩き、日没の刻限に気づき半狂乱で帰着したところで口から血を吐いて倒れました。

パホームの下男が駆け寄り抱き起こしましたがパホームは息絶えていました。

下男は土堀りでパホームの頭から足までが入るよう、きっかり(※)3アルシン分だけ墓穴を掘ってそこに彼を埋めました。

けっきょく彼の体を埋めるのに必要な3アルシン分の土地が、彼に必要な土地の広さだったのです。

(注※)1アルシンは71cm、3アルシンは213cmです)

 

 

次はトルストイが傾倒した老子の作「道徳経」の第三十三章を紹介します。

人の知恵を題材にしたお話しです。

 

人を知る者は智、自ら知る者は明(めい)なり。人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り。その所を失わざる者は久し。死して而(しか)も亡びざる者は寿(いのちなが)し。

≪現代語訳≫

 他人を理解する事は普通の知恵のはたらきであるが、自分自身を理解する事はさらに優れた明らかな知恵のはたらきである。他人に勝つには力が必要だが、自分自身に打ち勝つには本当の強さが必要だ。満足する事を知っている人間が本当に豊かな人間で、努力を続ける人間はそれだけで既に目的を果たしている。自分本来のあり方を忘れないのが長続きをするコツである。死にとらわれず、「道」に沿ってありのままの自分を受け入れる事が本当の長生きである。

 

どうでしょうか? 

紀元前6世紀の老子の時代、19世紀のトルストイの時代、そして21世紀の現在。

「足るを知る」は今も変わらぬ“戒め”です。

2013年1 月20日

NO.135-1(メインコラム)ACボタン

今週のテーマは「ACボタン」です。

ACボタンって?  そう電卓に付いているあの「ACボタン」です。

人生劇場に必要なエッセンスを電卓のボタンに置き換えると、11個のボタンが配列されています。 

「不幸ボタン」「幸福ボタン」

「失敗ボタン」「成功ボタン」

「貧乏ボタン」「金持ちボタン」

「未来ボタン」「過去ボタン」

「×ボタン」「=ボタン」

「ACボタン}

 

例えばこんな感じで計算します。

【未来ボタン】×【幸せボタン】=(答え)幸せになれるだろうか?

【未来ボタン】×【成功ボタン】=(答え)成功できるのだろうか?

【未来ボタン】×【金持ちボタン】=(答え)金持ちになれるのか。

【過去ボタン】×【不幸ボタン】=(答え)あれさえなければこんなに不幸にならなかったのに。

【過去ボタン】×【失敗ボタン】=(答え)あれさえなければこんな失敗しなかったのに。

【過去ボタン】×【貧乏ボタン】=(答え)あれさえなければこんな貧乏にならなかったのに。

 

人間は電卓上でいつもこんな計算をしています。

しかしながら、この電卓、何回やっても何回やっても同じ答えしか出てきません。

この迷路から抜け出すための解決策は何でしょうか?

それが、目の前にあるのに計算に夢中になっていて気付かない11個目のボタン。

ACボタン」です。

ごちゃごちゃごちゃごちゃした計算過程を、

「ACボタン」を押すだけで 全てクリア(オールクリア)してくれます。

 

試しに「オールクリア」って呟きながら 自分の「ACボタン」を押してみて下さい。

(ちなみに私は、頭の“こめかみ”辺りに「ACボタン」を付けています)

するとどうでしょう。あら不思議。

「将来の不安と過去の後悔から解放された状態」になります。

そして「電卓の窓」に 「すべては 今 ここから」と表示されます。

2013年1 月14日

NO.134-1(メインコラム)己の経営哲学

今週のテーマは「己の経営哲学」です。

先日、知合いのパナソニックの社員、元社員と会う機会がありました。

彼らは「中村元CEO、大坪前CEOはA級戦犯だ」と言います。

彼らと別れ自宅に戻った時、そう言えばと、 家の中の本箱を探してみると奥の方にありました、

当時のパナソニックのCEO中村氏の経営手腕を称えた書籍2冊がほこりを被って。

 

本のタイトルは

① 「松下電器V字回復への挑戦」(日刊工業新聞特別取材班 著)

その本の帯には、中村氏の晴れやかな表情の写真とともに 「次の一手を打ち続けないと松下は死んでしまう」と中村氏のコメントが載っています。

 

② 「なぜ松下は変われたのか」(祥伝社)

その本の帯にも、中村氏の誇らしげな表情の写真とともに 「この本に克明に記録された現場の苦悶を、私は誇りに思う」と中村氏のコメントが載っています。

 

当時、日本人経営者のモデル(憧れ)は、 「大胆なリストラ」と「集中と選択」とでGEを生まれ変わらせたジャック・ウェルチ氏でした。

野心を持った当時の日本人経営者は皆思ったことでしょう。「私だってジャック・ウェルチ!!」と。

 

当時の日本のマスコミも、このウェルチ・ブームに乗って「集中と選択」を実施しない経営者をダメ経営者として紙面で叩きました。

 

そうした熱気の中で、中村氏は、パナソニックの経営資源を「プラズマテレビ」と「電池事業強化(三洋電気の買収により)」に集中投資しました。

この巨大資産が、巨大な負の遺産となり現在のパナソニックの屋台骨を揺るがしています。

業界No1或いはNo2と成り得る事業に経営資源を絞り込まなくては生き残れない

という経営信仰。

当時己の経営哲学を持たない未熟な経営者の多くがこの経営信仰に取り込まれました。

パナソニックの中村氏、大坪氏だけではありません。

シャープの町田氏、片山氏 もそうでした。

 

では現在ブームとなっている経営信仰は何でしょうか?

それは、

2020年に23億人に拡大すると言われている“アジアの中間層”を取り込めない企業は生き残れない

という経営信仰です。

この新たな経営信仰と経営者はどう向き合い 会社の舵取りをしていくのか?

舵取りに一番必要なのは“己の経営哲学”です。

舵取りに一番危険なのは“借り物を己の経営哲学と錯覚すること”です。

2013年1 月 7日

NO.133-1(メインコラム)天職をさがして

今週のテーマは「天職をさがして」です。

 

日本人は、Vocationという単語を“天職”と訳しました。

ちなみに Vocation を辞書で引いてみると

the feeling that the purpose of your life is to do a particular type of work,

especially because it allows you to help other people.

と出ています。

この“the フィーリング” の感覚を味わうために、 向田邦子さんの短編「手袋をさがして」をご紹介します。

“天職”を“手袋”に置き換え、 「自分の手に合う手袋を探し続けた向田さん自身の半生」を題材にした作品です。

 

向田さんは実践女子専門学校を卒業後、社長秘書の職に就きます。

しかし、仕事にしっくりこないものを感じ、自分は何をしたいのか、何に向いているのか。 何をどうしたらそれが見つかるのか。苛立ちを抱えていました。

そんな向田さんを心配した彼女の会社の上司は「そんなことでは女の幸せを取り逃がすよ」と彼女に忠告します。

当時(1950年代)の女性の生き方は、結婚して仕事を辞め、家庭に入るのが普通だったのです。

しかし向田は、その晩考え抜いた結果、「自分のしたいことに正直に生きていこう」と決心します。

 

(本文より)

『今、ここで妥協して手頃な手袋で我慢をしたところで、結局は気に入らなければはめないのです』

 

ほどなく彼女は、映画雑誌の編集部へ転職し、仕事の傍ら脚本を書き始める。

自分の好きなことが見え始めた彼女は、31 歳で会社を辞め、ついにフリーのライターになりました。

安易な道を選ばず、自分が好きなことを仕事にしようという強い意志と覚悟を感じます。

 

(本文より)

『世間相場からいえば、いまだ定まる夫も子供もなく、死ぬときは一人という身の上です。これを幸福とみるか不幸とみるかは、人さまざまでしょう。私自身、どちらかと聞かれても、答えようがありません。ただ、これだけはいえます。自分の気性から考えて、あのとき・・・22歳のあの晩、かりそめに妥協していたら、やはりその私は自分の生き方に不平不満をもったのではないか・・・。いまの私にも不満はあります。(中略) でも、たったひとつ私の財産といえるのは、いまだに「手袋をさがしている」ということなのです』

 

どうですか? 

生涯を掛けて自分にぴったり合う手袋を探し続けた向田邦子の半生。

私は、「手袋をさがして」の中で一番感じたのは、“さがす”という動詞の重みです。

『間違っているかもしれないが、決意して 行動してみる。 もしフィットしなければ また修正して 行動すればいいではないか!行動しなければ何も分からない。』という意味を含んだ重みです。

“自分さがし”に夢中になっている若者たちに読ませたい短編です。