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2013年3 月30日

NO.143-1(メインコラム)締め切り

今週のテーマは「締め切り」です。

 

「いつまでにこれをやろう」と決めても ついつい「締め切り」間際まで手を付けない。

こんな経験 誰にもあると思います。

子供の頃の「夏休みの宿題」を思い出してみましょう。

8月31日の「締め切り」があるから 何とかギリギリで宿題を終わらせられた。

もし「締め切り」が無かったら 宿題はいつまでも手付かずのままだった かもしれません。

 

さてこの「締め切り」 実は人生にもあるのです。

私たちは 普段 この人生の「締め切り」に対して実感がありません。

 

フランス出身の20世紀を代表する芸術家 かのマルセル・デュシャンは自身の墓碑に皮肉と自戒を込めて

「死ぬのはいつも他人ばかり」

と刻んだそうです。

そう 私たちは いつも心のどこかで「自分だけは死なない」と勘違いしながら生きています。

しかし 私たちは 間違いなく死にます。

一人の例外もなく人生の「締め切り」は必ずやってきます。

 

7月20日から8月31日まで「40日間の夏休み」を「80年間の人生」 に置き換えると、

今アナタが40歳なら 今日は、8月10日です。

今アナタが60歳なら 今日は、8月20日です。

やり方が分かっていて手を付け易い「計算ドリル」や「漢字練習帳」は終わっていると思います。

面倒なのは「自由研究」 や「図画工作」です。

「自由研究」のテーマ 決まりましたか? 「図画工作」で何を描くか 何を作るか 決まりましたか?

そうですか 決まりましたか。

ではいつ着手しますか? 11日からですか? 21日からですか?

 

では更に お聞きします。

アナタは何を知り、何を学びたがっている人ですか? 

それに気付いたら それをいつ着手しますか?

 

あなたは本当は此の世で何をするために生まれてきた人ですか? 

それに気付いたら それをいつ着手しますか?

 

神様は わざと「寿命」と言う「締め切り」を作ったのかもしれませんね。

さもなければ 私たち いつまで経っても 大事な宿題に着手しないからです。 

私は 大病(脳梗塞)を利用して ようやく着手しました(苦笑)。

2013年3 月24日

NO.142-1(メインコラム)人生の先輩に聞く

「職業(キャリア)と教育について」

 

■牧さんにご自身の41年間の教職経験と多くの教え子達のその後の成長を見守ってこられた立場から、「職業(キャリア)と教育について」お伺いしました。

☑人生の先輩:牧 晶治 さん(男性)

☑主な経歴:1928年生、愛知県出身。3歳で実母と死に別れ、父親と義母との間に生まれた妹3名、弟1名の計5人兄弟。中学4年の時、校長からの推薦により、飛び級で陸軍士官学校を受験するも、視力検査で不合格となる。それが結果として人生の転機となり名古屋第一師範学校に入学、同校卒業後、小中学校の教員となる。その後、校長職の5年間も含め41年に渡る教員生活を勤め上げることになる。息子2人、孫4人。

 

(問1)前回「教職は自分にとって天職であった」とお伺いしましたが、では人はどうしたら天職に出会えるとお考えですか?

それは難しい質問ですね。私の場合どうであったか、と考えるに、いくつかの選択肢(職業の)の中からどれかを選択したということではなくて たまたま目が悪くて陸軍士官学校が不合格になり落ち込んでいたところ、師範学校を受けてみないかと教師だった父親に勧められ、受験してみたらたまたま合格できた。そして教師になってみたものの終戦直後で教室もない、生徒も集まらないのないない尽くしの状態からしゃにむにやってみた。しゃにむにやっている内に自分は「子供たちが好きなんだ」ということに気が付いた。だから私は天職を選んだという感覚はなくて、『たまたま廻りあった機会に対してしゃにむにやっているうちに、「これが私の天職なのでは」と後になって気が付いた』これが私の実感です。

 

 

(問2)子供たちが将来、天職に出合えるために教育が手助け出来ることがあるとしたらそれはどうようなことですか?

私の考えですが、教師が生徒に対して君はこれに向いているとか向いていないとかアドバイスを与えることよりも、教師が生徒に対していつも「のびのびと朗らかに接してあげる」ことが一番大切なことだと考えます。子供たちは生まれながらにいろんな可能性を持っているように思うんです。教師はその力を信じて子供たちに「のびのびと朗らかに接してあげる」ことが出来れば、子供たちのその芽は勝手に芽生えてくると思うんです。

 

(問3)教頭、校長と管理職、指導職をご経験された中で 教師の指導で一番大切なことは何だとお考えですか?

教え方が上手くても生徒たちから慕われない先生、教え方が下手でも生徒たちから慕われる先生、先生個々にはそれぞれ課題がありますが、私はスキルとか経験云々の前にまず「子供たちのことを好きになりなさい」と先生たちに言い続けてきました。「子供たちのことを好きになる」そのことが教師に一番大切なことだと私は思います。                                                   

 

2013年3 月17日

NO.141-1(メインコラム)リーダーシップ考

今週のテーマは「リーダーシップ考」です。

就職面接でよく見る光景

≪面接官≫

「あなたは学生生活の中でどんなリーダーシップを発揮しましたか?」  

≪学生≫

「私はテニスサークルの副部長として 価値観がバラバラだったサークルメンバーたちを 云々」

 

この面接官は“リーダーシップ”をどう定義してこの紋切型の質問を学生にしたのでしょうか?

この学生は“リーダーシップ”をどう定義して用意していた答を面接官に話したのでしょうか?

 

整理するためにリーダーシップの定義を2つに分けてみます。

Ⅰ型)リーダーシップはリーダーの役割を担った者が行使する能力である。

Ⅱ型)リーダーシップとは誰もが発揮することが出来る能力で10人10様の発揮の仕方がある。例えば リーダーではない一担当者が、自分の担当業務に関しする課題を組織に対して主体的に働きかけ、皆を巻き込み組織に貢献する様。

 

どうでしょう? 

アナタが直観的にイメージするリーダーシップはどちらの型ですか?

たぶん多くの方がⅠ型の方を強くイメージしたと思います。 

ではここで少数派のⅡ型の代表として 宮澤賢治さんに登場してもらいましょう。

『雨にも負けず 風にも負けず 

雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 

慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり 

そして忘れず 野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば 行って看病してやり

西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 

褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい』

 

宮澤賢治さんが生涯掛けて求めたリーダーシップの在り方です。

これを言い換えると、

『事に当たり 無意識のうちに反射的に 邪心なく 自分を無にして 他者に尽くす。』 

と言うことでしょうか。

 

ちなみに私はⅡ型派です。組織論を追い求め行きついた先がⅡ型のリーダーシップでした。

2013年3 月11日

NO.140-1(メインコラム)私説:国家破綻77年説(下編)

今週のテーマは「私説:国家破綻77年説」の(下編)です。

上編では明治維新から53年目の1921年と77年目の1945年の2つのポイントを確認しました。

明治維新53年目の1921年。ワシントン軍縮条約で英、米、日、仏、伊 の主力艦・航空母艦等の保有の制限が取り決められ 日本国及び日本国民は米英の6割に抑え込まれる。

明治維新77年目の1945年。ポツダム宣言を受諾し全面降伏し日本国及び日本国民は外からの力で初めて解体的出直しを迫られる。

 

さて、この維新後77年目のどん底から再スタートした日本国及び日本国民は、 再び戦勝国に追いつけ追い越せと再びがむしゃらに突き進み始めます。

そして前回1つ目のターニングポイントとなった53年目(終戦後53年目)の1998年。

当時の日本はどうだったか? 

がむしゃらに突き進んできた高度成長時代が終焉し1991年バブルが崩壊。

1998年は「失われた20年」の最中でした。

この時期手を染めた“赤字国債依存体質”が今日まで続き、借金の総額は1000兆円に膨れ上がりました。

このままでは国家破綻です。

 

ここで登場したのがアベノミクスの「3本の矢」です。

1本目の矢「思い切った金融政策」

2本目の矢「更なる財政出動」

この2本は一時しのぎであることは安倍さんも理解しています。

全ては3本目の矢「成長戦略」に掛かっています。

本年6月までにまとめる「国家成長戦略」で民間の投資意欲を引き出し景気を引っ張るエンジンの役割を政府から民間に引き継ぐと言うことです。

 

民間に引き継がれる? そう私たちは傍観者ではいられないのです。

現在電機メーカーをはじめ日本の優良企業が ハーバード大学のクリステンセン教授が著書「イノベーションのジレンマ」で警告した通り、 「得意事業を高度化する正攻法(持続的イノベーション)が時に革新(破壊的イノベーション)を妨げるという落とし穴」から逃れられず苦境に立たされています。

逃れられなかったのは企業? いいえ逃れられなかったのは企業体を構成する経営者と従業員です。

 

今問われているのは私たち一人ひとりの能力、行動基準、価値基準の棚卸しと見直しです。

 

終戦後77年目は2022年です。 がむしゃらに突き進んできた制度疲労の限界! 

私たちに残された時間は10年です!!