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2015年4 月25日

NO.197-1(メインコラム)遺書の行間

今回のテーマは「遺書の行間」です。

 

先週の月曜日、鹿児島の「知覧特攻平和会館」を訪れました。

沖縄戦で出撃した陸軍特攻隊1,036名の内436名がこの知覧から出撃しました。

敵空母に体当たりできた機はごく1部で、ほとんどの機は敵空母に到達する前に撃墜され、

隊員もろとも海の藻屑と消えました。

知覧を飛び立ち戦闘地の沖縄まで、2時間30分の飛行時間。

彼らは人生最後の2時間30分の間、何を考え機を操っていたのか? 知る由もありませんが、

出撃前に彼らが書いた多くの「遺書」が残されています。

私は、その「遺書の行間」から何かを感じ取ってみたい。

その思いで今回「知覧特攻平和会館」を訪れました。

 

さて現物の遺書を目の前に・・・言葉を失いました。

来館者のすすり泣きがあちらこちらから聞こえてきます。

 

彼らは、「誰のために死ぬのか」「何のために死ぬのか」、その「理由」を心の中で作り上げ、

それを文字で表し、気持ちを浄化させないことには己の平常心を保てなかったのではないか。

 

当時の国のリーダー達たちは、始めてしまった戦争を、己の責任回避、己の保身のため、終わらせることが出来ないまま、ついに、若者を犬死させる作戦の断を下したのではないか。

 

「死ぬ理由を探そうとした若者たち」と「犬死させる断を下したリーダーたち」

「平和会館」という呼び名があまりにも薄っぺらく感じられます。

誰が取ったのか? 俺たちを犬死させた責任を。

俺たちは国を守る。国は俺たちを守ってくれたのか?

まさに「心の叫び会館」です。

 

館内で目が釘づけになった5通の遺書をご紹介します。

書かれたのは70年前の今ごろです。

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あんまり緑が美しい 今日これから 死にに行くことすら 忘れてしまいそうだ。 

真っ青な空 ぽかんと浮かぶ白い雲 6月の知覧は もう蝉(せみ)の声がして 夏を思わせる。  

作戦命令を待っている間に  小鳥の声がたのしそう 

「俺も今度は小鳥になるよ」

日のあたる草の上にねころんで 杉本がこんなことをいっている 

笑わせるな 

本日十三時三五分

いよいよ知覧を離陸する 

 

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今は出撃2時間前です。

私と一行皆朗らかです。私もニッコリ笑って行きます。

今はもう総ての俗念を去って、すがすがしい気持ちです。

数時間後にはこの世を去るとは思えないほど。

抱える爆弾はどす黒く光っています。

では、行ってきます。

皆様、お元気で

 

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正憲、紀代子へ

父ハスガタコソミエザルモイツデモオマエタチヲ見テイル。

ヨクオカアサンノイイツケヲマモッテ、オカアサンニシンパイヲカケナイヨウニシナサイ。

ソシテオオキクナッタレバ、ヂブンノスキナミチニススミ、リッパナニッポンジンニナルコトデス。

ヒトノオトウサンヲウラヤンデハイケマセンヨ。

「マサノリ」「キヨコ」ノオトウサンハカミサマニナッテ、フタリヲジット見テイマス。

フタリナカヨクベンキョウシテ、オカアサンノシゴトヲテツダイナサイ。

オトウサンハ、「マサノリ」「キヨコ」ノオウマニハナレマセンケレドモ、フタリナカヨクシナサイヨ。

オトウサンハオオキナジュウバクニノッテ、テキヲゼンブヤッツケタゲンキナヒトデス。

オトウサンニマケナイヒトニナッテ、オトウサンノカカタキヲウッテクダサイ。

                                              父ヨリ                                                     マサノリ キヨコ フタリヘ 

 

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人生の総決算 何も謂うこと無し

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何も書くことはありません。

只ご両親様及久美子の健在を祈るのみ、勲は決して人におくれはとりません。

潔く散るのみです。目標は正規空母です。

十日位したら徳島海軍航空隊第十四分隊五班上野功君に便りして下さい。

真実は受け取ったと泣かずにほめて下さい。

幸多かれしと祈るなり。

親戚の皆様へ宜敷く。                                

 

                                             以 上

2015年4 月11日

NO.196-1(メインコラム)歴史とは何か?

今回のテーマは「歴史とは何か?」です。

 

先日、文部科学省が、2016年度から使う中学生の教科書の検定結果を次のように公表しました。

『教科書作成の指針となる学習指導要領解説書の改定し、領土教育の強化を求めた結果、 地理、歴史、公民で合格した18点の全ての教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を取り上げ、 またほとんどの教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を「日本固有の領土」として記載することになりました。』

 

教科書制作会社も検定を通すために必死に対応したのでしょう。

 

歴史問題。

と一口に言われますが、

私にとって、「歴史とは何か?」。

そのことを改めて考えさせられる出来事でした。

 

私は、高校を卒業するまで、「歴史」は、

『世界中の人が「同じ事実」として認識している過去の出来事』である。

と疑いもなく認識していました。

その私の認識が覆されたのは、いまでもはっきりと覚えていますが、

浪人時代に通っていた予備校の「世界史」の授業の中の予備校教師の話しでした。

その予備校教師(当時 20代半ばぐらいの人)は、我々予備校生にこんなことを言い出しました。

 

『いまの君たちは、余計なことを考えず、テキストに書かれていることを覚えることに専念してくれればそれで良い。ただ、君たちが大人になった時、改めて「歴史とは何か?」。そのことに向き合わざるを得ない時がきっと来る。

その時のためにいま2つのことを君たちに話しておく。

1つは、いま君たちが学んでいる世界史は、あくまでヨーロッパのキリスト社会の視点で書かれた通説の1つにすぎない、ということだ。

例えば今日 君たちが学んだ十字軍のこと。

これは中東のイスラム社会の視点で書かれた世界史とは 180度異なる内容である、という事。

これは、どちらの方が正しく、どちらの方が間違っている、という問題ではなく、見る視点が違うのだ。

また、いま私は「中東」と言ったが、これも西欧から見て、インドが「東」、日本が「極東」、西欧とインドの中間にあるアラビア語の地域あるいはイスラム教の地域を彼らの距離感から「中東」と命名しただけで、「中東」の人たちは自分たちのことを「中東」とは言わない。日本人は自分たちのことを「極東」とは言わないのに、「中東」という言葉は平気で教科書でも使っている。

2つ目は、そうは言っても彼らの世界観もけっして1つではないと言うことだ。

たとえば「アメリカの教科書では、ワシントンは英雄扱い」であるが、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱い」である。

ただここで大事なことを君たちに伝えておきたい。

それは、アメリカの教科書には、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱していること」がちゃんと欄外に記載されている。同じくイギリスの教科書には、「アメリカの教科書ではワシントンを英雄扱いしていること」が同様に欄外に記載されている。

だからイギリス人もアメリカ人も大人になって相手のことをビックリしない、ということだ。』

 

彼の話は、こんな内容でした。

 

さて、改めて、歴史問題を考えたとき、

「大人たちが歴史認識の問題を自分たちの世代で解決できない以上、

子供たちが、子供たちの世代で解決できるよう、その素地を教育の中に埋め込む必要があるのではないか?」

そんなことを私は思うのですが、 皆さんはこのニュースを見てどう思いましたか?