活力循環とは?

2015年7 月24日

NO.200-1(メインコラム)「たった2500億円」という視点

今回のテーマは 「たった2500億円」という視点 です。

 

歴史に名を残した文豪たちが 生前 出版社から受け取った「断り状」を紹介する

『まことに残念ですが・・・不朽の名作への「不採用通知」160選』という興味深い本があります。

 

その「断り状」の一部を紹介しますと、

「まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません」

(パール・バックの「大地」に対して)

 

「ご自身のためにも、これを発表するのはおやめなさい」

(D・H・ロレンスの「チャタレー夫人の恋人」に対して)  

などなど。

 

どうでしょうか? この身も蓋もない「断り状」。

「その時代を支配する 『価値観』や『常識』、 『雰囲気』や『ムード』、 『マスコミに誘導された世論』

などに惑わされることなく、自らの基準に従って判断を下す」。

言うは易く 行うは難し ですよね。

 

では どうでしょうか? 今回の新国立競技場建設の騒ぎ。 

・珍しくマスコミ各社が歩調を揃え(安保関連法案で揃わなかった歩調が)「税金の無駄遣い」と一斉に書きたてる。

・そのマスコミの論調に乗って世論が盛り上がる。

・この予想外の世論の盛り上がりを受け、安倍総理は前言をひるがえし「白紙」を発表。 

・その計画見直しを受け、森元総理が「国がたった2500億円出せなかったのかね」と発言。

・この森元総理の発言をマスコミ各社が一斉に書きたてる。

・その記事を受け、「森は一体何様なんだ?」と世論が盛り上がる。

 

さてさて、ここから先は、もしも もしも の“胡蝶の夢”のお話しです(笑) 

(その1)

東京オリンピックの次、2024年オリンピック開催国が建設した新国立競技場はなんと高額の「キールアーチ」を採用し、その出来栄えに「21世紀最大の芸術的建造物」との評価を受けることになった。すると日本のマスコミ各社は一斉に「あの時 誰のせいで たった2500億円の予算を削ってしまったのだ!」と一斉に書きたて、その論調に乗って世論が盛り上がる。

 

(その2)

2024年、日本は国の借金が1500兆円を超え、財政破綻に追い込まれることになった。すると日本のマスコ各社は一斉に「あの時 たった2500億円の予算を削るの削らないのと大騒ぎしている間にも、この国は破綻に向かって坂を転がり落ちていた。こうした事態を放置し続けてきた政治家と官僚の責任はあまりにも大きい!」と一斉に書きたて、その論調に乗って世論が盛り上がる。

 

さて、私、あなた、私たち、にとって 

たった2500億円」のイシュー(Issue)は何か?

改めて考える必要がありそうですね。

未来の「パール・バック」や「D・H・ロレンス」を見落とすことがないように!

2015年5 月31日

NO.199-1(メインコラム)無名

今回のテーマは「無名」です。

 

美術館で心惹かれる絵画や彫刻に出会った時、

本の中で紹介されたメッセージや歌や詩に感動を受けた時、

さて作者は誰かと確認すると、「作者不詳」「作者不明」とか「詠み人知らず」 との記載が。

こんな経験 ありませんか? 

 

私も 先日 渋谷 松濤美術館の「いぬ・犬・イヌ展」に行った時もそうした経験をしました。

特に江戸時代、江戸時代以前の作品の中で

「よくもこれだけ犬の表情を上手く(或いは精緻に)表現できたものだ」をと感心し

作者を確認すると「作者不詳」との表示。

 

頭の中をぐるぐると・・・・・・・・妄想が、

名もない庶民が作ったから 名前が不明なのか

作者に匿名にしなくてはならない理由があったのか

長い歳月の中で誰かの意図により名前を消されたのか

作者は「有名になりたがる人」を横目にニヤニヤしていたのか

 

しかし・・・・・・・・ それにしても、

作者不明にもかかわらず、何十年 何百年と市井の人々の間で語り継がれ 聞き継がれ 

我々の時代まで辿り着いた このエネルギーの凄さよ!!

 

次の文章は、 先日 知合いに教えてもらったものです。

世界中のたくさんの人々の間で 長い間 語り継がれ 聞き継がれ

今も この文章を「自分の手帳に書き留めている」人が沢山いるそうです。

 

「神様の配慮」

大きなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと、神様に求めた。

だが、謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった。

 

より偉大なことができるようにと、健康を求めた。

だが、より良きことができるようにと、病弱を与えられた。

 

幸せになりたいと、富を求めた。

だが、賢明であるようにと、貧困を授かった。

 

世の人々の賞賛を得ようと、成功を求めた。

だが、得意にならぬようにと、失敗を与えられた。

 

人生を楽しみたいと、あらゆるものを求めた。

だが、あらゆることを喜べるようにと、質素な生活を与えられた。

 

求めたものは、何一つ与えられなかった。

だが、「人生の意味を味わいたい」「悔いのない生き方をしたい」 という私の願いは、

すべて聞き届けられていた。

 

私は、今、気が付いた。

私の人生は、あらゆる人の中で、もっとも豊かに、祝福されていたのだ。                         

                                         (作者不詳)

2015年5 月10日

NO.198-1(メインコラム)学習(learing)

今回のテーマは「学習(learing)」です。

 

キャリアの分野において、代表的な理論の1つに「社会学習理論」があります。

「社会学習理論」とは、

「人は生涯 学習し続ける存在であり、キャリアは生涯にわたる学習によって形成される」

という考え方で、この理論のキーワードは「学習(learing)」です。

私は、この理論で言うところの「学習(learing)」を、生涯実践した人物として「徳川家康」に

注目し続けてきました。

 

徳川家康(以下「彼」と言う)の人物像を表す代表的な言葉に、

「鳴くまで待とうホトトギス」があります。

この言葉が示すように、彼は「忍耐の人」というイメージが強いのですが、

彼ゆかりの地を訪れ地元の資料を調べてみると、

実は彼、たいへん短気で感情的で神経質な性格であったことが分かります。

特に若いころは、窮地に陥ると一時の感情から「討死する」「切腹する」と言い出し、

部下に諌められたことが行く度かあったようです。

 

しかし彼の凄いところは、自分のこうした性格的な弱さ、短所を自ら認識したうえで、

それを「学習(learing)」を通して克服する努力を生涯続けたところにあります。

そう彼は、「学習する人」だったのです。

 

その証拠に、彼は、自分が「学習する人」であることを一時でも忘れることがないよう、

武田信玄に三方ヶ原で敗戦し、逃げ帰った時の自分の「しがみ顏」の姿(31歳の時の)を 絵師に描かせ、

その絵を「十分な熟慮準備なく一時の感情と慢心で行動した結果の自戒」として

生涯座右から離さなかったのです。

 

彼(以下「アナタ」と言う)の命で行われた「関ヶ原の戦い」勝利後の2つの大プロジェクト、

アナタの本城がある江戸から朝廷の京、豊臣家居城の大阪までの間の軍用道路「東海道の整備」

西方大名に対する守りを固めるため清洲から名古屋への遷都「名古屋城築城+清洲越し」

アナタは、この2大プロジェット終了後に、豊臣家に戦いを仕掛け、豊臣家を殲滅させるつもりだったとは、

僕は後で知ったよ。

 

僕はアナタの意図を身体で感じようと思い立ち、今回のゴールデンウィークを利用して、

東海道の要「桑名宿」と関東の巨鎮と言われた大都市「清洲」に行ってきたよ。

「桑名」と「清洲」の地に立って僕は改めて思ったよ。

アナタは凄いね。

アナタは「中途半端は身を滅ぼす」ということもいつの間にか「学習(learing)」していたんだね。

アナタは凄いね。

アナタは、待っていたのではなくて、熟慮を重ねつつ、着々と準備を進めていたんだね。

2015年4 月25日

NO.197-1(メインコラム)遺書の行間

今回のテーマは「遺書の行間」です。

 

先週の月曜日、鹿児島の「知覧特攻平和会館」を訪れました。

沖縄戦で出撃した陸軍特攻隊1,036名の内436名がこの知覧から出撃しました。

敵空母に体当たりできた機はごく1部で、ほとんどの機は敵空母に到達する前に撃墜され、

隊員もろとも海の藻屑と消えました。

知覧を飛び立ち戦闘地の沖縄まで、2時間30分の飛行時間。

彼らは人生最後の2時間30分の間、何を考え機を操っていたのか? 知る由もありませんが、

出撃前に彼らが書いた多くの「遺書」が残されています。

私は、その「遺書の行間」から何かを感じ取ってみたい。

その思いで今回「知覧特攻平和会館」を訪れました。

 

さて現物の遺書を目の前に・・・言葉を失いました。

来館者のすすり泣きがあちらこちらから聞こえてきます。

 

彼らは、「誰のために死ぬのか」「何のために死ぬのか」、その「理由」を心の中で作り上げ、

それを文字で表し、気持ちを浄化させないことには己の平常心を保てなかったのではないか。

 

当時の国のリーダー達たちは、始めてしまった戦争を、己の責任回避、己の保身のため、終わらせることが出来ないまま、ついに、若者を犬死させる作戦の断を下したのではないか。

 

「死ぬ理由を探そうとした若者たち」と「犬死させる断を下したリーダーたち」

「平和会館」という呼び名があまりにも薄っぺらく感じられます。

誰が取ったのか? 俺たちを犬死させた責任を。

俺たちは国を守る。国は俺たちを守ってくれたのか?

まさに「心の叫び会館」です。

 

館内で目が釘づけになった5通の遺書をご紹介します。

書かれたのは70年前の今ごろです。

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あんまり緑が美しい 今日これから 死にに行くことすら 忘れてしまいそうだ。 

真っ青な空 ぽかんと浮かぶ白い雲 6月の知覧は もう蝉(せみ)の声がして 夏を思わせる。  

作戦命令を待っている間に  小鳥の声がたのしそう 

「俺も今度は小鳥になるよ」

日のあたる草の上にねころんで 杉本がこんなことをいっている 

笑わせるな 

本日十三時三五分

いよいよ知覧を離陸する 

 

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今は出撃2時間前です。

私と一行皆朗らかです。私もニッコリ笑って行きます。

今はもう総ての俗念を去って、すがすがしい気持ちです。

数時間後にはこの世を去るとは思えないほど。

抱える爆弾はどす黒く光っています。

では、行ってきます。

皆様、お元気で

 

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正憲、紀代子へ

父ハスガタコソミエザルモイツデモオマエタチヲ見テイル。

ヨクオカアサンノイイツケヲマモッテ、オカアサンニシンパイヲカケナイヨウニシナサイ。

ソシテオオキクナッタレバ、ヂブンノスキナミチニススミ、リッパナニッポンジンニナルコトデス。

ヒトノオトウサンヲウラヤンデハイケマセンヨ。

「マサノリ」「キヨコ」ノオトウサンハカミサマニナッテ、フタリヲジット見テイマス。

フタリナカヨクベンキョウシテ、オカアサンノシゴトヲテツダイナサイ。

オトウサンハ、「マサノリ」「キヨコ」ノオウマニハナレマセンケレドモ、フタリナカヨクシナサイヨ。

オトウサンハオオキナジュウバクニノッテ、テキヲゼンブヤッツケタゲンキナヒトデス。

オトウサンニマケナイヒトニナッテ、オトウサンノカカタキヲウッテクダサイ。

                                              父ヨリ                                                     マサノリ キヨコ フタリヘ 

 

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人生の総決算 何も謂うこと無し

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何も書くことはありません。

只ご両親様及久美子の健在を祈るのみ、勲は決して人におくれはとりません。

潔く散るのみです。目標は正規空母です。

十日位したら徳島海軍航空隊第十四分隊五班上野功君に便りして下さい。

真実は受け取ったと泣かずにほめて下さい。

幸多かれしと祈るなり。

親戚の皆様へ宜敷く。                                

 

                                             以 上

2015年4 月11日

NO.196-1(メインコラム)歴史とは何か?

今回のテーマは「歴史とは何か?」です。

 

先日、文部科学省が、2016年度から使う中学生の教科書の検定結果を次のように公表しました。

『教科書作成の指針となる学習指導要領解説書の改定し、領土教育の強化を求めた結果、 地理、歴史、公民で合格した18点の全ての教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を取り上げ、 またほとんどの教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を「日本固有の領土」として記載することになりました。』

 

教科書制作会社も検定を通すために必死に対応したのでしょう。

 

歴史問題。

と一口に言われますが、

私にとって、「歴史とは何か?」。

そのことを改めて考えさせられる出来事でした。

 

私は、高校を卒業するまで、「歴史」は、

『世界中の人が「同じ事実」として認識している過去の出来事』である。

と疑いもなく認識していました。

その私の認識が覆されたのは、いまでもはっきりと覚えていますが、

浪人時代に通っていた予備校の「世界史」の授業の中の予備校教師の話しでした。

その予備校教師(当時 20代半ばぐらいの人)は、我々予備校生にこんなことを言い出しました。

 

『いまの君たちは、余計なことを考えず、テキストに書かれていることを覚えることに専念してくれればそれで良い。ただ、君たちが大人になった時、改めて「歴史とは何か?」。そのことに向き合わざるを得ない時がきっと来る。

その時のためにいま2つのことを君たちに話しておく。

1つは、いま君たちが学んでいる世界史は、あくまでヨーロッパのキリスト社会の視点で書かれた通説の1つにすぎない、ということだ。

例えば今日 君たちが学んだ十字軍のこと。

これは中東のイスラム社会の視点で書かれた世界史とは 180度異なる内容である、という事。

これは、どちらの方が正しく、どちらの方が間違っている、という問題ではなく、見る視点が違うのだ。

また、いま私は「中東」と言ったが、これも西欧から見て、インドが「東」、日本が「極東」、西欧とインドの中間にあるアラビア語の地域あるいはイスラム教の地域を彼らの距離感から「中東」と命名しただけで、「中東」の人たちは自分たちのことを「中東」とは言わない。日本人は自分たちのことを「極東」とは言わないのに、「中東」という言葉は平気で教科書でも使っている。

2つ目は、そうは言っても彼らの世界観もけっして1つではないと言うことだ。

たとえば「アメリカの教科書では、ワシントンは英雄扱い」であるが、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱い」である。

ただここで大事なことを君たちに伝えておきたい。

それは、アメリカの教科書には、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱していること」がちゃんと欄外に記載されている。同じくイギリスの教科書には、「アメリカの教科書ではワシントンを英雄扱いしていること」が同様に欄外に記載されている。

だからイギリス人もアメリカ人も大人になって相手のことをビックリしない、ということだ。』

 

彼の話は、こんな内容でした。

 

さて、改めて、歴史問題を考えたとき、

「大人たちが歴史認識の問題を自分たちの世代で解決できない以上、

子供たちが、子供たちの世代で解決できるよう、その素地を教育の中に埋め込む必要があるのではないか?」

そんなことを私は思うのですが、 皆さんはこのニュースを見てどう思いましたか?