LCEキャリア開発アカデミーは「(新)働き方」の 導入支援をさせていただいています!

2019年5 月 3日

NO.222-1(メインコラム)AI(人工知能)に対する向き合い方

最近、仕事の必要性に迫られて、AIに関する文献に接する機会が急激に増えています。

そうした中、「この先我々はAIに対してどう向き合っていけば良いのか?」

との問いに対して、

私は自分なりの答えを見つけました。

それは「AIを導入すべきか否か」を検討するより「AIを理解する」ことの方が遥かに

重要だと言うことです。

 

AIを理解することで、何が起こるのか?それは

AI導入を導入するか否かの問題よりもっと重要なことが明確になります。

それは次の2つです。

(1)AIを理解する =本来、人がやらなくてはならないことが明確になる。

(2)AIを理解する =本来、人が磨かなくてはならないことが明確になる。

 

まず(1)の「やらなくてはならない」ことを見てみましょう。

 

機械学習の研究者トーマス・ディートテリッヒは、

「人(組織)とAIが協働するために必要な条件は、

高信頼性組織(HRO: High Reliability Organization)が持つ5つの要素を

AI(人工知能)にも組み込むことである」と指摘しています。

【AI活用に求められる組織の5要素

①失敗に着目し、失敗から学ぶ

②解釈の単純化を避け、多様な専門知識から複数の解釈を生成する

③オペレーションに敏感になり、常に状況が既知の状態かどうかチェックする

④回復に全力を注げるようなチームの管理をする

⑤専門知識を尊重し、誰もが警告を発して操作を一時停止できる組織をつくる

 

また多くのAI研究者は「AI活用には次の3つのビジネス能力が必要である」

と指摘しています。

【AI活用に求められる3つのビジネス能力

①AIシステムを構築する能力

②解決すべき課題を設定する能力(目的の設定)←教師データ

③目的を達成するために必要な指標やデータの特定とそれを収集する能力←教師データ

 

どうでしょか?

「組織の5要素」と「3つのビジネス能力の内②と③(教師データ)」は、

AIを導入すべきか否かに関わらず組織と人が本来やらなくてはならない事柄です。

 

次に(2)の「磨かなくてはならない」ことを見てみましょう。

 

多くのAI研究者は「AIは感情と本能を持つことが出来ない」と指摘しています。

(「将来持つことが出来る」と考える研究者、「分からない」と答える研究者もいます)

感情と本能を持たないAIに対して、人が持つ究極の能力は何か?

私はそれを人の心と人の心を繋ぐコミュニケーション能力だと考えます。

私はそれを「AIが獲得できない3つのコミュニケーション能力」として次のように定義します。

【AIが獲得できない3つのコミュニケーション能力

①相手に気付きを与える力

  【目的】相手の内省を引き出す

②相手を動かす力

  【目的】相手に腹落ちさせて行動変容させる

③相手に伝える力

  【目的】相手に自分の考えをスムーズに伝える

 

どうでしょか?

「コニュニケーションの3つの能力」は、AIを導入すべきか否かに関わらず

人が本来磨かなくてはならない能力です。

 

さて現在、日本はAI研究の分野で、アメリカ、中国に対して周回遅れと言われています。

しかし、今からでも遅くはありません。多くの日本人が

AIを理解して、非AI(「やらなくてはならないこと」と「磨かなくてはならないこと」)

を明確にすることで、非AIを強みとすることが出来れば、

非AIとAIをハイブリッドさせる技術で日本企業が世界のトップランナーとなる日が来る

と私は確信しています。

我々は元来 組合せと改善と工夫を強みとしてきた人種ですから。

 

                                       以 上

2019年3 月 3日

NO.221-1(メインコラム)人生の向き合い方

私の趣味は全国の酒場を放浪することと、ボクシングを観戦することです。

ボクシングはテレビ観戦に加え、私が通っている輪島ジム所属のプロ選手が試合をする時は

会場の後楽園ホールに足を運び生で観戦をしています。

そんな私ですが本日は、元ボクサー、ミッキー・ウォードのことから話を始めます。

 

ミッキー・ウォード(1965年10月4日~ )は、アメリカ合衆国の元スーパーライト級のプロボクサーです。

メジャータイトルには縁はありませんでしたが不屈の闘志でボクシングファンを虜にした選手です。

ウォードのキャリアの頂点は元世界チャンピオン、アルツロ・ガッティと3度の激闘(ウォードの1勝2敗)で、

特にウォードが勝利した初戦は2002年度のリングマガジン ファイト・オブ・ザ・イヤーに選出されました。

ノンタイトルの試合にもかかわらずNo1に選出されたことからも、

ウォードの半生が映画化(マーク・ウォールバーグがウォードを演じた『ザ・ファイター』)されたことからも、

彼の人気の高さがうかがえます。

 

先日、そのウォードのインタビュー記事(ボクシングマガジン2011年11月号)が目に留まり、

心に刺さったので紹介させて頂きます。

【聞き手】

あれだけのファイトのモチベーションはどこからきていたのですか?

【ウォード】

身銭を切って会場にきてくれるファンを絶対にがっかりさせたくなかったんだ。

常に全力を尽くし、自分の持っているすべてをリングに残すことが目標だった。

もちろん誰だって試合に勝ちたいし、勝利に徹することもときには必要だけど、

大切なのはそれだけではないはずだ。

【聞き手】

特にアメリカのリングでは、「凡戦で勝つ」よりも「好試合で負ける」方が評価されたりもします。

ファンを喜ばせることはプロとして重要な要素です。

【ウォード】

そのとおりだ。大切なのは、いつでも自分らしくいること

そしてその場その場でできる限りのことをやること。

悔いのないように準備し、トレーニングで積み上げてきたことをリングで発揮できれば、

たとえ負けてしまっても後には何かが残る誰かが認めてくれるし、ファンにも喜んでもらえる。

 

どうですか?

私はウォードの哲学に触れ、自分の中でぼんやりしていた「人生の向き合い方」

が整理された思いがしました。

そして自分のノートに次のように書き込みました。

 

【前提】「いつも自分らしくいること」←人と比較しない。俺は俺なんだと。

【心構】「悔いのないように準備して、それを発揮すれば、たとえその時結果を出せなくても、

     後に何かが残る、誰かが認めてくれる」

 

ノートに書き込んだ次の週のことでした、

女子スピードスケート500メートルで小平選手が0秒08差の2位となり連勝記録が37でストップ

したレース後のコメント(日経新聞2019年2月10日付)が目に留まりました。

「」内が小平選手のコメント部分で、前後は記者が感じた部分です。

 

うなだれたように見えたが、

「『足りなかったな』という、それだけだった。やれる準備は全部やってきたので

と悲観はしなかった。

 

どうですか?

 

私は「小平選手も『人生の向き合い方』の達人なんだ」と感じ入りました。

2018年2 月 2日

NO.220-1(メインコラム)弱国無外交

今回のブログのテーマは「弱国無外交」です。

 

先日、手元にある新聞の切り抜きを眺めていて、2014年1月26日付の日経新聞のある記事に

目が留まりました。

その記事は「日曜に考える」シリーズで、その日のタイトルは「脱亜、尊敬から蔑視へ(明治)」、

古来より東アジアの大国である中国に対して尊敬と憧れを抱いてきた日本人が、アヘン戦争、

アロー号事件でイギリスやフランスの侵略になすすべのない中国の姿を目の当たりにして

中国に対する態度が変節していった様を紹介しています。

 

【記事より抜粋】

『文明開化の風潮が高まるなか、国家の指導者層や知識人には近代化に後れをとった中国に対して

「固陋(ころう):(古い慣習に固執する)国」という意識が広がり始める。

代表的なものが福沢諭吉の「脱亜論」だった。

福沢は清=中国は相携えて欧米に対抗する友邦に値しない「悪友」だと言い切った。』

 

『のちに「憲政の神様」といわれた尾崎行雄も「蓋(けだ)し支那は固陋(ころう)の国也、

旧物に泥(なず)んで移るを知らざる国也」と侮辱心を表している。

近代化のため極端な欧化主義をとったことによる西洋コンプレックスのはけ口は

「惰眠をむさぼる」中国に向けられ、優越、侮辱意識が醸成された。』

以上です。

 

これまで先生として崇められてきたものが侮辱させる立場となった中国から見れば、

この時の日本の変節は末代まで忘れることが無い屈辱であったことだろうか。

 

また中国の経済力にすり寄ろうとしている現在のイギリスやフランスの姿を中国は

どんな思いでみているのであろうか。

 

そんな事が私の頭をよぎりました。

 

ではここで今回の本題「弱国無外交」を皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

 

「弱国無外交」とは字のとおり、「弱い国に外交なし」という意味です。

現代の各国は歴史の教訓から「弱国無外交」を学び、「強国」を目指そうとします。

 

現代の各国はどんな「強国」を目指そうとしているのか?

冒頭の記事をきっかけに私なりに考えてみました。少しお付き合いください。

 

■プライド高い中国は世界の覇権国を目指して

遮二無二 次の①②③ 全てを突き進んでいる。

①「突出した経済力」 

②「突出した軍事力」

③「突出した技術力」

 

■ロシアは自国の優位性をキープするために③に優先順位を置いているのかもしれない。

次の言葉を発したのはロシアのプーチンである。

「AI(人工知能)を支配するものが世界を制する」

 

■北朝鮮は「金王朝」維持のため、②の中で「核」と「ミサイル」に全資源を集中している。

 

■では日本は何をめざすのか?

私は「日本人がほどほど豊かな生活を維持していくため」という立場から

①「1人当たりGDPを維持できるレベルの経済力」

②「自国を自分で守れるレベルの戦力」

③「AIとゲノム医療の分野で突出した技術力」

と考えました。

 

■作家の塩野七生さんは「日本が国際政治で主役になるため」という立場から

著書「日本人へ リーダー篇」の中で次のように語っています。

 『ゲームの卓に坐るからにはプレーヤーたちはカードを持たねばならないが、

国際政治はトランプとちがって、カードではなく剣を両脇に差している。

カードは自分には見えても他者には見えないが、剣ならば誰にも見えるからである。

その剣だが、切れ味の良いほうからあげていくと、

①拒否権をもっていること。

②常任理事国であること。

③海外派兵も可能な軍事力。

④核をもっていること。

⑤他国に援助も可能な経済力。

このように、剣は五本すべてを差していないかぎり、国際政治の世界では主役にはなれない。

日本は経済力という剣しか差していない。

仮にイラク問題で国連が軟化し、それを格好の口実にしたフランスが態度を変えるとする。

となるとアメリカは、日本などそっちのけでフランスにすり寄るだろう。

アメリカにとっては、五本の剣を差しているフランスのほうが“使いで”があるのだから。

また、国際政治の世界では、中国のほうが日本より威力があるのも当然のことなのだ。』

 

さて皆さんは「どんな立場から」「日本が目指す方向」をどのように考えますか?

皆さんのお考えも教えて下さい。

2018年1 月 5日

NO.219-1(メインコラム)あれから40年

今回のテーマは「あれから40年」です。

「あれから40年」と聞くと「綾小路きみまろ」さんのあの中高年向けネタ

を思い浮かべる方が多いと思います。

例えば、

 ■遠い昔 私はあなたに言った 

「三歩 下がって ついていきます」

あれから40年

「早く歩きなさいよ もたもたして 先に行くからね!」

■遠い昔  私は あなたに言った

「私の瞳を見て あなたしか写ってないわ」

あれから40年

「なんで じろじろ見るのよ 気持ち悪い」

 

このネタが受ける理由として

コンテンツが秀逸なのは勿論のことですが、

60代、70代、80代の中高年の方々にとって

40年という経過年数もポイントのように思います。

 

30年前ではやや近い、

50年前では遠すぎる、

40年前は

60代にとって20代

70代にとって30代

80代にとって40代

長いようで短く感じられ「あのころの私」と「今の私」を対比し易い

ちょうど良い経過年数なのだと思います。

 

奥の深い計算された仕掛けに感服してしまいます。

 

私はこの「綾小路きみまろ」さんの「あれから40年」をヒントに、 

数年前から70代、80代の人生の先輩に対して、

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

という質問をしてきました。

 

紙面の都合で全ての方のコメントを紹介出来ないのが残念ですが、

今回その一部を紹介させて頂きます。

 

ご自分でも、

「もし今、目の前に20代30代40代の時の自分がいたら、かつての自分に対して

今の自分は何をアドバイスするだろうか?」を

イメージしながらお読みいだだければ幸いです。

 

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

■中野さん

(男性 当時76歳 元エンジニア→現在はコンサルタント)

「40歳代だから、まだ“おこがましい”などと思わず、

もっと自分の気持に素直になり、

自由に自分の意見をどんどん出して周りに貢献しろよ」

とアドバイスしてやりたい。

そして人生90歳と仮定して、自分にあと50年近くあると考えるとすると、

「自分の支援者・後継者を育てる努力をして欲しい。

その人達と一緒に生きていけない自分一人のための人生だとしたら、

この後の50年は惨めだぞ」と言ってやりたい。

 

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

■馬場さん

(女性 当時83歳 元主婦→現在は介護施設経営者)

私は、無償の奉仕、ボランティアをして得るものが多かった。

それは今、ようやく分かる。

40代の時はぼんやりとしか分からなかった。

一番大切なことは、人のために役にたつこと。

人間は、何か人の役に立って喜ばれた時が一番しあわせなんだって。

 

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

■田島さん

(女性 当時81歳 元看護婦→現在はボランティア活動に従事)

結局、子供の生活環境、子供の反抗、子供のノイローゼ、主人とのいさかい、等、

自分の心が全てその基をつくっている。

そのことに気が付かなくてはならない。

そして、人間「生きたようにしか死ねない」のだから、

その時その時、目の前に起きたことは精一杯頑張っていこうと。

人生の最後に人生を過ごしてきたことに値する生き方をしてきたと思いたいと。

でも恥ずかしいんだけど、この歳でできないんだぁ~、そんな生き方が(笑)。

 

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

■末永さん

(女性 当時84歳 元首相秘書→現在は持病を抱えながらも元気人)

人生、ムリしたって、後になってみれば、たかだかしれている。自然体が一番よ。

私は妻としても母親としてももっと心に余裕を持って、自然体でやればよかった、

と思っているの。

あの時は、精一杯で気が付かなかったけど。

相手にストレスを感じさせたり無用な気遣いをさせてしまうのよね。

だから、出来るだけ自然体がいいのよ。

 

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

■金井さん

(男性 当時77歳 元国鉄マン→3年前にご逝去されました)

健康。

人間、死んだら終わり。若いころは夢中で考えなかったけど、

何よりも一番に考えなくてはいけないのは、“いかに自分を守るか”ということ。

 

もし今、あなたの目の前に40歳代の時のあなたがいたら、何をアドバイスしますか?

■輪島さん

(男性 当時70歳 元ボクシング世界チャンピオン→現在はジム会長)

こうしたら、ああなって、ああなったら、こうなって、

なんて人生は所詮そんな図ったようにはいかないのだから。

そんな小賢しいこと、考える暇があったら、何だっていいから、

“今、これだ、っていうものに一生懸命、打ち込むことだよ”。

5年後、10年後に

「ああっ、こういうことだったんだ」

「あの時、頑張っておいてよかった」

って思うように必ずなるから。ホントだよ。

 

最後に25年前に亡くなった私の父親が倒れる3か月前に私に語ったこと

■片木さん (男性 当時70歳 元会社員)

あれは、40歳の時だった。勤めていた会社が傾き、丸紅飯田に

吸収合併されることが決定。

体のチカラが全部抜けてしまった。

そんな時、仲間から、

「独立して事業を興そう」という話が持ちかけられた。

三日三晩眠れぬほど悩んだある土曜日、会社の帰りに、

自宅近くの原っぱで、おまえが黄色い声を出して野球している姿を見た時、

会社に残る決心をした。

情けない話だが、70歳の今になっても、

「もし40歳の あの時、自分の気持に従っていたら、今、

どうなっていたんだろう」と思うことがある。

おまえ(息子)も、これから先、人生の岐路に立つ時が来ると思う。

その時、自分の気持ちの奥底をよくよく確認して、

その時の自分の気持ちに正直に行動してほしい。

これは父の願いでもある。

そのために必要なら、この家、潰したって構わないぞ。

一度しかない人生、勝負する価値はあると思う。

 

 

以上どうですか?

 

聞き役の私は、お聞きしながら、

「人生の先輩達は、今のご自身にも言い聞かせているのでは」

と思えることがあります。

 

さてアナタだったら、目の前の20代30代40代のご自分に、

どんなアドバイスをしますか?

 

2017年11 月30日

NO.218-1(メインコラム)「地方の危機を救う]

今回のテーマは「地方都市の危機を救う」です。

 

地方都市に行く機会の多い方は感じていらっしゃると思いますが

この10年程の間に県庁所在地も含め地方の都市はどんどん活力を失っています。

 

町一番の繁華街のアーケード街でさえシャッターが閉まっているお店が多いこと。

町の中心地でさえ暗くなるとライトを点灯したクルマは行きかうものの人通りがないこと。

 

こうした現状について当地にお住いの方々に「どう感じられますか?」とお聞きすると、

「これも時代と言うかしかたがない」

「東京みたいに人が多すぎるところは嫌いなので余り気にしていない」

「郊外に新しく大型店舗ができたので不便は感じていない」

など

たまに訪れる私のようなよそ者の感覚と

そこに住み続けている方々の感覚との違いなのか

当地の方々からは「活気が失われている」という危機意識が伝わってきません。

 

そこで今回自分の頭を整理する意味もあり、

私が最近訪れた都市の活気度を外者の肌感覚ですが(異論を承知のうえで)

Aグループ(活気上向き)】、【Bグループ(活気下向き)】、【Cグループ(SOS)】

の3グループに分類してみました。

 

Aグループ(活気上向き)】

東京23区、名古屋市(愛知)、京都市(京都)、広島市(広島)、福岡市(福岡)、

 

Bグループ(活気下向き)】

仙台市(宮城)、新潟市(新潟)、長岡市(新潟)、宇都宮市(栃木)、富山市(富山)、

金沢市(石川)、福井市(福井)、甲府市(山梨)、三島市(静岡)、静岡市(静岡)、

岐阜市(岐阜)、大垣市(岐阜)、大阪市(大阪)、堺市(大阪)、明石市(兵庫)、

高知市(高知)北九州市の小倉区(福岡)、久留米市(福岡)、熊本市(熊本)、

鹿児島市(鹿児島)、長崎市(長崎)

 

Cグループ(SOS)】

青森市(青森)、盛岡市(岩手)、秋田市(秋田)、村上市(新潟)、燕市(新潟)、

三条市(新潟)、十日町市(新潟)、六日町市(新潟)、糸魚川市(新潟)、茅野市(長野)、

銚子市(千葉)、小松市(石川)、富士宮市(静岡)、豊橋市(愛知)、一宮市(愛知)、

桑名市(三重)、大津市(滋賀)、神戸市(兵庫)、山口市(山口)、下関市(山口)、

北九州の若松区(福岡)

 

以上です。

 

では「地方が活気を取り戻す」にはどうしたら良いのか?

 

地方の危機を救うべく2008年から始まった「ふるさと納税」は

①いつの間にか「豪華な特産品」をゲットするための制度となり、

 豪華返礼品代、送料、職員人件費、広告費が膨らみ赤字の自治体が出ている。

②自治体と企業との癒着が指摘されている。

 

など 現在さまざまな問題を抱えていると聞きます。

 

どうも私たちはお役人や政治家が考えだす制度に対して目を光らせないと

ダメなようです。

 

では他に私たちが出来ることはあるのでしょうか?

 

私が考えるに、

先ほどの分類(私の肌感覚ですが)で、

生まれ故郷が【Cグループ(SOS)】の方で、

現在【Aグループ(活気上向き)】又は【Bグループ(活気下向き)】に住んでいる人全員が、

贈答品や日常品(食材など)を日々意識して【Cグループ(SOS)】の生産者から購入し続けることで、

地盤沈下を多少でも食い止めることが出来るのではないかと考えます。

 

贈答品であれば、贈られた人が「良いね」と感じてくれたら贈答の輪が更に拡がります。

日常品であれば1回の金額は少なくても「塵も積もれば山」となります。

 

誰もが今日から始められることだと思いますがいかがでしょうか?

 

100年後、日本の景色はどうなっているのか?

学生時代、アメリカのガソリンスタンドでスタッフが言ったコメントを思い出します。

「次の町までクルマで1時間掛かります。その間お店もガソリンスタンドもありません。」

 

                                                以 上