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2015年3 月28日

NO.195-1(メインコラム)卒業式

今回のテーマは「卒業式」です。

先日の3月20日(金)、私は、母校の杉並区立西宮中学校の第53回卒業式にお招きいただく機会に

恵まれ、今年の卒業生123名の旅立ちを見届けました。

思えば43年前、私たちの第10回卒業式も 今日と同じ場所のこの体育館で行われました。

式の最中、私の頭の中は、「目の前の映像」と「43年前の映像」が行ったり来たり交錯し、

頭がボッーとし始めたその刹那、自分の身体に電気が走りました。

これが、私の原風景なんだ! 

 

43年前の卒業式で、私は、

行きたかった高校に行くことが叶わなかったことの挫折感。

好きだった女性に自分の気持ちを伝えることができなかったことの空しさ。

いつも目の前にいることが当たり前だった仲間達との別れの苦しさ。

そして明日から一人ぼっちになってしまうのでは、という寂しさ。

43年前の私は この場で きっと心に誓ったんだと思います。無意識の中で。

『この先の人生において、二度とこんな思いをすることが無いよう、悔い無き生き方をする。』と。

 

そんなことを思いながらあらためて目の前の卒業生たちの表情を覗いてみると、

照れて笑い泣きしている男の子。

口をきっと結び正面を見つめている女の子。

無表情を作っている(ように見える)男の子。

鼻を押さてすすり泣いている女の子。

君たちの未来に幸あれ! 

 

その日の夜、今でも付き合いのある同窓生数人に 

「43年前の俺たちの卒業式の時のこと、覚えているか?」とメールをしました。

間もなくW君からレスポンス。

『あの日は一旦みんなにお別れを言ってひとり帰宅しかけましたが、やはりそのまま西宮を去るのが寂しく、ぐるっと畑を回ってもう一度裏門から学校に戻りました。そしたらみんなもまだ大勢教室に残っていて、その時に廊下でMYさんが泣いていたのを覚えています。遠い昔の、前世の記憶のようです。』

 

それにかぶせてO君から、

『こんばんは 卒業式はあんまり覚えていないです。でも おもい残しがあって帰った記憶があります。よく覚えているのは修学旅行 談山神社の満天の星。』

 

中学卒業と同時に九州に引っ越したS君からは、

『W君の話し、何故か知っています。みんなが西宮を去るとき、俺は、東京も去りました。』

 

どうやら一人ぼっちではなかったようです。

いま、みんなと、きもちが、つながっていました。

2015年1 月 2日

NO.190-1(メインコラム)初心

今回のテーマは「初心」です。

 

年の初めに当たり、「初心に帰る」べく、

改めてパソコンに格納されている「自分が作成したメモ類」の中から検索を試みました。

キーワードは直観で「人間」を選択。

結果、検索された100を超える「人間」に関するデータの中から、

「そう、これこれ これだ」と“いま”の自分に刺さったメモがありました。

そのメモの内容は次の通りです。

 

【マイ・メモから】

人間関係の法則について、哲学者は数千年にわたって思索を続けてきた。

そしてその思索のなかから、ただひとつの重要な教訓が生まれてきたのである。

ゾロアスター教はこの教訓を拝火教徒に伝えた。

孔子はそれを説いた。

道教の開祖、老子もそれを弟子たちに教えた。

キリストより五百年早く、釈迦はこれを説いた。

それよりも千年前に、ヒンズー教の経典に、これが説かれている。

それをキリストは次のことばで説いた。

すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ

以上

 

この人間関係の法則。

古今東西の智慧者達が 「説いて説いて説き続けてきたほど」

重要なことであろう。

と頭で受けとめる一方、 

古今東西の智慧者達が 「説いて説いて説き続けなければならなかったほど」 

その実践が難しいことであろう。

と心(感情)と体(行動)が受けとめます。

 

さてさて そうは言っても まずは形から と、私、

2015年の初心として お気に入りの マイ・万年筆 で 

2015年の新しい手帖 の1ページ目に

すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ

と記入しました。

今年は どんな1年となることやら、夢と期待を膨らませて(苦笑)

2014年6 月13日

NO.181-1(メインコラム)未完結の問題

今回のテーマは「未完結の問題」です。

 

心理療法の1つに、精神分析医パールズが考案した「ゲシュタルト療法」があります。

 

「ゲシュタルト療法」とは、 クライアント(相談者)の心の奥底に潜む「未完結の問題」や「未完結な悩み」を

①クライアントに「いま、ここ」で再体験させ、

②クライアントの「新たな気づき」を引き出し、

③クライアントが抱える問題や悩みの解決を図る。

という療法です。

 

先日、この「ゲシュタルト療法」に関する書物を読んでいたとき、

さて、自分にとって「未完結の問題」は何か? 気になり始め、考えてみることに・・・・・。

そうだ、子供のころ、「欲しかったけど手に入れられなかったモノ」があった!!

 

小学校1年の時

親の猛烈な反対で家で飼うことを断念させられた、拾った子猫。

 

小学校2年の時

友達は抽選に当たり、自分は抽選に外れて断念した、グリコの「鉄人28号のワッペン」

 

小学校4年の時

親に何度もねだったけれど、ついに買ってくれなかった、宮田の「レーシングカー」

 

中学1年の時

これさえ手に入れれば「試してみない?」などと言って好きなあの子の手を握れるのではと考えたものの、

結局「買ってくれ」と親にいうのが 恥ずかしくて断念することになった、任天堂の「※ラブテスター」

(※当時、自宅近くの吉祥寺駅内のロンロンにあった「王様のアイデア」で売っていた。)

 

あの頃の自分が愛おしく 心がシミジミしました。

モノを簡単に与えなかった「親」と「くじ運」に 感謝・・かな・・・。

 

そうだ、親と言えば、もっと大きな「未完結の問題」があった。

26年前に死んだ母親と、17年前に死んだ父親が生きている内に、

感謝の言葉を伝えることが出来なかった。

気付くの遅いよなぁ~自分。 自責の念で 心が少しチクチクしました。

今度、谷中の墓前で「ありがとう」を言おう。笑って聞いてくれる・・かな・・・。 

2014年4 月 5日

NO.176-1(メインコラム)もう一度 修学旅行に行きたい!

今回のテーマは「もう一度 修学旅行 に行きたい!」です。

 

今年の2月、東京が大雪だった日の翌朝、私たちは羽田空港に集合しました。

メンバーは、

1972年3月に杉並区立西宮中学を卒業した5名(男性3名、女性2名)で、

集合したのは、

43年振りに修学旅行に出発するためです。

 

修学旅行の行先は、

小学校6年まで高知で暮らしたM君の「自分の生まれ故郷、高知を皆に見せたい」という熱意により、高知に決まりました。

 

それにしても驚いたのはS君です。

S君は、長崎の軍艦島「端島」から小学校6年の時、杉並区に転校。

その後S君は3年間を杉並区西宮中学で私たちと一緒に過ごし、高校になると大分に行ったまま連絡先が不明だったところ、3年前にたまたまネットで検索出来て、実に40年振りの再会を果たしました。

そのS君が、今回奥様を連れ添って、現在の住まい熊本から一晩掛けて車で高知空港に駆けつけてくれました。

 

こうして東京からの5名と、熊本からの2名の計7名が高知空港で合流しました。

 

修学旅行1日目の日程

皆んなで目に焼きつけた、「高知城」から見た南国土佐のパノラマ。

皆んなで童心もどった、昔ながらの特産品、名品、B級グルメ満載の「日曜市」。

皆んなで時間を忘れて拾った、桂浜の美しい「五色石」。

皆んなで思わず唸った、「ひろめ市場」で食べた「カツオのたたき」。

 

修学旅行2日目の日程

仁淀川の仁淀ブルーの美しさに目が釘付けになった

お疲れ気味のO君の目を潤ませた五台山展望台からの絶景。

お喋り好きのHさん、とMさんの会話を止めた「仁淀川の天然ウナギ」 。

 

いよいよ一泊二日の修学旅行が終わろうとした時、

小学校卒業時に岐阜県の高山から杉並区立西宮中学に転校してきたHさんは、言葉を噛みしめるようにしてこう言いました、

「私、高山の田舎から東京の中学に転校してきたから、田舎者ってバカにされることが怖くて、3年間うつむいて、なじめないまま中学卒業したの。 まさかこんな日が来るなんて、想像もできなかった。」と。

 

熊本から駆けつけて来たS君の奥様は、微笑みながらこう言いました、

「主人は、『オレは中学時代とか高校時代とか昔のことには関心が無い。』って言い続けてきた人なんです。そんな彼が、数年前、皆さんとの再会出来てから、人が変わりました。不思議です。」と。

 

小学校時代まで過ごした生まれ故郷高知を案内してくれたM君は、目を潤ませてこう言いました、

「自分は、中学校時代、嫌われ者だったけど、今回 自分の生まれ故郷に、皆んなで来てくれて、喜んでくれて、今、オレ、幸せです。」と。

そうそう ずっと案内役で気を張っていたM君は、 1日目の夜遅く、皆で行ったカラオケ屋でトイレに行こうと立ち上がろうとした瞬間、お酒と安心感から気を失って ふにゃふにゃと床に崩れ落ちてしまいました。

ありがとうM君、君のおかげです。

 

最後に、

100歳近い人生の大先輩に こんなことを言われたことがあります。

私の質問:人生の目標は、何ですか?

大先輩:「やりたいことは 全部やった。」と死ぬときに言えることかな(笑)

 

なるほど、

私たちは、仲間に恵まれて やりたかったことの1つ、

「もう一回 修学旅行 に行きたい!」

を 皆で達成出来ました。

2014年3 月 1日

NO.174-1(メインコラム)己の真価を発揮したい!

今回のテーマは「己の真価を発揮したい!」です。

 

ソチオリンピックが終わり、いつもの日常が戻って来ました。

出場した選手たちが競技終了後に発した万感の思いのこもった言葉に胸を打たれました。

そして、「メダルだけが、オリンピックの目的では無い」ことを教えてくれました。

 

選手達からのメッセージを聞きながら私は、 『「己の真価を発揮したい!」という願いは、

人が持つ根源的な渇望である』ということを改めて 思いました。

 

高梨沙羅選手(17)は、こうコメントしました。

「変わらず挑んだつもりが、どこか違うところがあった」。

「また戻ってこられるように、もっともっとレベルアップしたい」。

 

葛西紀明選手(41)は、こうコメントしました。

「45歳、49歳と体力や技術はもっと向上する。諦めないでいけるところまでいきたい」。

 

今回を最後のオリンピックと決めていた2人、

 

上村愛子選手(34)は、こうコメントしました。

達成感マックス。五輪をすごくいい思い出で終われる」。

 

浅田真央選手(23)は、こうコメントしました、

4年間目指してきた演技ができ、支えてくれたたくさんの人に私なりの恩返しができた」。

 

4年に一回のオリンピック。 選手たちは、どんな思いで4年間を過ごしてきたのでしょうか?

スランプに陥り、競技生活を続けていくことに自信を失いかけたことも一度や二度ではないでしょう。

でも諦めず、“己の真価を発揮する”日が来ることを信じ、

日々の鍛錬を続けてきた彼ら彼女たちが発した言葉だからこそ、

「秘すれば花」の重みと美しさと凄みがあります。

 

人生の本当の辛さは、努力することや挫折することにあるのではなく、

「己の真価を発揮する」ことなく、「己の人生を終える」ことに、

一番の辛さと惨めさがあるのかもしれません。

 

さて最後に、皆さん(私自身にも)に提案です。

死期を迎えた時、

「現世は、己の真価を全て発揮し、支えてくれたたくさんの人に私なりの恩返しができた」。

と思えるよう、私たちも「いけるところまでいきましょう!!」

己の真価を全て発揮するまで。