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2017年4 月25日

NO.211-1(メインコラム)The last piece of the jigsow(puzzle)の見つけ方

今回のタイトルは、「The last piece of the jigsow(puzzle)の見つけ方」 です。

 

ジグゾーパズルをやったことが無い方はいらっしゃらないと思います。

開始そうそう2つ目のピースが見つからずイライラしてゲームを諦めてしまったこと、ありませんか? 

ピース数の多いものは特に見つかり難いですよね。

 

子供のころ堪え性の無かった私は、序盤のこのイライラでゲームを投げ出してしまったことを覚えています。

 

さて今回のタイトルにあるThe last piece of the jigsow(puzzle)、

直訳すると「ジグゾーパズルの最後の一片(ピース)」ですが、

英語圏ではこれを比喩(ひゆ)的に

「何かを完成させるために必要な最後の要素」あるいは「問題解決のための最後の鍵

という意味で使われています。

 

さらにこの比喩的表現が言わんとするのは、

『ゲーム序盤、中盤において決して姿を現すことの無い「最後のピースX(「最後の鍵」)」が、

残り1つまで詰めた状態にしてほっておけば、そのうちXは自分から姿を現す。』

ということです。

 

では仕事の中で見てみましょう。

「何かを解決したい。でもどうしたら解決できるのか? 決めてのXが何か分からない」

と言う時どうするか?

この場合も同じことが言えます。

解決するために必要なものは何か? 

まずは、分かっている要素を並べて置いておく。

要素A + 要素B + 要素C +(要素X)=〇〇の問題を解決したい

 

必要な何かが足りない この(要素X)は何か?

 

あとは、脳が勝手に働くのに任せてほっておく。

するとあら不思議、それまで正体が分からなかった「最後の鍵となる要素X(The last piece)」が頭の中に姿を現します。

 

さいごは、それを嵌(は)め込んで問題解決です。

 

どうでしょうか?

 

ではキャリアの中で見てみましょう。

「自分がやりたいことを成し遂げたい。でも何を身に付けたら成し遂げられるのか? 

決めてのXが何か分からない」と言う時どうするか?

自分の能力、経験は何か?

自分の足りない能力、経験は何か?

まずは、思い付くものを書いてみましょう。

 専門A + プチ専門B + プチ専門C +(専門X)+ 教養①=〇〇を成し遂げたい

 

必要な何かが足りない この(専門X)は何か?

 

この場合も、この未完成の状態のまま、あとは脳が勝手に働くのに任せてほっておく。

するとそのうち「最後の鍵となる専門X(The last piece)」は自分から正体を現します。

 

さいごは、それを嵌(は)め込んで行動計画完成です。

 

さいごに「最後のピースX」のお話をもう1つ。

私事ですが、

昨年の春、「これまで自分が1度も行ったことの無い都道府県はどこなのか?」という問題がふっと頭の中に浮かびました。

さっそく自分の記憶を辿りながら日本地図を前にして確認を始めました。

 

すると1度も行ったことが無かったのは「秋田県」「鳥取県」「島根県」「徳島県」の4県であることが判明しました。

  

もし行ったことの無い県の数が10とか20だったら、脳は私に向かってこの問題を投げ掛けなかったと思います。

 

そこでこんどは 私が脳に向かってこう言いました。

「そうだ、4県に行こう!」

 

2017年3 月30日

NO.210-1(メインコラム)モデリングは最強の学習法

私は入社したトヨタ自動車の新入社員研修で、

「トヨタ自動車は、その揺籃(ようらん)期にフォードを徹底的にモデリングして、世界的企業に成長する礎を得た」ことを知りました。

これが私とモデリングという言葉との出会いです。

 

ちなみに、ウイキペディアでは、「モデリング」を次のように説明しています。

『モデリング(: Modelling)は、心理学用語のひとつ。何かしらの対象物を見本(モデル)に、そのものの動作行動を見て、同じような動作や行動をするのがモデリングである。人間(主に子供)の成長過程では、モデリングにより学習・成長するとされている。思春期から大人にかけての時期では、憧れの意識から、対象の人物に少しでも近づきたいという心理が発することがある。また、芸能人ファンが、その対象人物のファッション仕草などを真似るのは、モデリングのひとつである。』

 

また、教育論の教科書は、「モデリング」を次のように説明しています。

『技能(スキル)学習のステップは、一般的に「見本を見せる(モデリング)→それを試行させる→試行の結果をフィードバックする→練習させ、勇気づける→成果を評価する」というプロセスをとる。その中で、見本を見せること(モデリング)による学習は特に重要である。』

 

さて、今回「モデリング」をテーマとして取り上げたのは、

私の「モデリング」に関する問題意識からです。

・実は、意外と多くの方々が、学習法としての『モデリングの凄さ』に気が付かぬまま、他の学習法(例えば自己流など)を選択しています。

・また、意外と多くの方々が、守破離の“守”を無視して 次のステップの“破る”“離れる”を実施しています。

 

そこで、研修などでモデリングについて(分かり易く「猿マネする」と言い換えて)お話をしています。

 

【モデリング(マネする)の仕方】

自分の能力を過信せず、見栄を捨てて、自分の欲する結果を明確にした上で、

自分の欲する結果を既に得ている人・対象(モデル)を自分の人生を掛けて探し出す

モデルを身近で観察するために、モデルの生徒か弟子かパートナーか知り合いになる。

・モデルのやっている、やり方、行動、考え方、思考法をじっくり観察して

 100%猿マネで技能、智慧、スキル、考え方、経験を身に付ける(モデリング)。

 

要は初めから「自分らしさ」にこだわらないということです。

初めから「自分らしくないとダメだ」などと難しいことを考えないことです。

まずは、お手本を見つけて、お手本を猿マネして、必要なスキル、必要な能力を身に付けてしまう。

「自分らしさ」は次のステップです。

我流でああでもないこうでもないと迷っていると、いつまでたっても身に付かないまま

アッという間に老いてしまいます。

 

おわりに

自分の欲する結果を得るためのモデリング」は、

犯罪にも影響を与えてきたことを 実例で紹介します。

 

【モデリングの連鎖】

1960年4月12日

フランス自動車王プジョーの孫エリック坊やが誘拐される。

(エリック坊やは無傷で救出される)

1960年5月16日

世田谷区で雅樹ちゃん(6才)誘拐殺人事件が起きる

(犯人の本山は4/14付の新聞で見た「エリック坊や誘拐事件」をヒントに誘拐を計画する)

1963年3月1日

映画「天国と地獄」(監督:黒澤明)封切される

(映画監督の黒澤は「雅樹ちゃん誘拐事件」をヒントに映画「天国と地獄」を作成する)

1963年3月31日

台東区で吉展ちゃん(4才)誘拐殺人事件が起きる

(犯人の小原は映画館で見た「天国と地獄」の予告編をヒントに誘拐を計画する)

 

以上

2017年2 月 4日

NO.208-1(メインコラム)給料をもらうという働き方

先日、地元 杉並区の中学校から講師の依頼がありました。

 

中学2年生に向けて、

「ご自身の体験から、今、中学生にとって必要なことは、何か」

というテーマで授業をやって欲しいとのお話し。

 

お受けすることにしたものの、

さてさて、「ご自身の体験から・・・体験から・・・」などと考えながら、

まず考えの糸口として、

 

自分のキャリアの中でも一番長く携わり、

現在の日本の就業者の89%もの人が携わっている、

サラリーマン(給料をもらうという働き方)が、いったい いつ頃、どこで、誕生したのか、について調べてみることにしました。

 

 

調べてみると、まず

★日本電車発展史(保育社)という本の中に「サラリーマン(腰弁)」に関する次の記述がありました。

 

『工場ができ官庁や会社が立ち並ぶようになると都会では

通勤という現象が起きてくる。

腰に弁当をさげた(腰弁)勤めの人の姿は明治40年の島崎藤村の短編「並木」にも

描かれているが、東京大阪などでは路面電車の発達が徒歩から電車利用による通勤圏の拡大をすすめた。』

 

 

次に、この本に出てきた「通勤という現象」という言葉をキーワードに調べてみると、

★明治33年(1900年)の朝日新聞に次の記事がありました。

 

『最近、東京の省電で、腰に弁当を提げた人たちが乗車している一風変わった景色がみられるようになった。

毎朝自宅を出て勤め先まで省電を使って通う人たちである。ちなみに当新聞社で

調査したところによると、現在、我が国の成人男子の内、平日昼食を自宅で取っていない人は3%もいるそうである。』と。

 

 

少し驚きだったのは、

つい120年前まで、我が国の成人男子のほとんどは、昼食を当たり前のように自宅で取っていたという事です。

 

 

★厚労省の資料で1900年当時の就業状況を調べてみると、

 

農林漁業(第一次産業)従事者は7割、

商業(第三次産業)従事者が2割、

モノ作り(第二次産業)従事者が1割、です。

 

自宅ランチ派が多いのは、2/3以上の人が農林漁業に従事していたことも理由として考えられそうです。

 

 

次に先ほどの本「日本電車発展史(保育社)」に出てくる

島崎藤村の短編「並木」を確認してみると、作中に次の記述があります。

 

『近頃 相川の怠けることは会社内でも評判に成っている。一度弁当を腰に着けると、

八年や九年位提(さ)げているのは造作も無い。齷齪(あくせく)とした生涯を塵埃(ほこり)深い巷(ちまた)に送っているうちに、最早(もう)相川は四十近くなった。

もともと会社などに埋(うず)もれているべき筈(はず)の人では無いが、年をとった

母様(おふくろ)を養う為には、こういうところの椅子にも腰を掛けない訳にいかなかった。』と。

 

 

少し驚きだったのは、 

主人公の相川というサラリーマン(腰弁)主人公の気持ち、

「プライドを捨ててしまえば腰弁(サラリーマン)を続けるなど訳ない(造作も無い)ことだ。」その一方で

「何も好きこんので腰弁(サラリーマン)を続けている訳ではない。」

など、現代のサラリーマンにも彼の心情が理解できる内容だった事です。

 

 

 

おやおや、中学2年生に何を話そうかと思案していたつもりが、いつの間にか110年前の腰弁の世界に入り込んでしまいました。

 

話を授業に戻します。

 

 

【授業の中盤はこんな感じかな?】

 

さてさて、中学2年生の皆さん、ここから大事なところです。

 

相川氏が生きた110年前は、人生60年の時代でしたが、西暦2000年以降に生まれた皆さんは、2人に1人が「100歳以上生きる」と言われています。

 

人生100年時代の到来です。

 

寿命が延びる一方で、生活基盤に目を向けると、既に、年金が破綻し始め、人の知識労働の一部がAIに代替され始め、中国・インドの中間所得層が知識労働者として台頭し始めています。

 

そんな状況の中、「給料をもらうという働き方(サラリーマン)」をこれまでの様に(相川氏の様に)造作も無く続けようとしている人が今、正規社員、非正規社員の区別

なく脱落し始めています。

 

 

さて では どうしたら良いのか? 彼ら彼女らに何を伝えようか?

 

 

【授業の最後はこんな感じかな?】

 

まずは、一生ものの

 

「学び続ける習慣」と「相手に共感する習慣」と「自分の考えを考える習慣」。

 

この3つの習慣を造作をかけて身に付けるよう 今日から 心掛けて下さい。

 

この3つの習慣は人生の最終兵器です。

 

大人になってからこれを身に付けようとすると苦労するからね。

 

 

【最後に】

 

このブログを読んで頂いた皆さんは、彼ら彼女らに何を伝えたいですか? ぜひ教えて下さい!

 

2015年12 月 6日

NO.205-1(メインコラム)人生を変える7つ

今回のテーマは「人生を変える7つ」です。

 

私はキャリア研修の冒頭で「人生を変える7つ」の話しをします。

こんな風に・・・・

自分はこんな人生を歩みたい!

自分の人生をこんな風に変えたい! 

こんなことを思ったり 考えたりしたこと ありませんか?

では、自分の人生って どうすれば変わるのでしょうか?

 

実は「人生を変える」とは「次の7つの中の1つ以上を変える」ことと同義です。

 

【人生を変える7つ】

①時間の使い方を変える

②お金の使い方を変える

③付き合う人(住む場所)を変える

④自分の真価を知り、その発揮量を変える

⑤社会に与える貢献量を変える

⑥社会から受け取る評価・感謝の量を変える

⑦お金に働いて貰う量を変える

 

では実践編です。

まず、変えるためには 

自分の人生をどうしたいか? どう変わりたいか? 

決めることが必要ですね。

自分の人生をどうしたいですか? 

せっかくの機会です。 一度 ゆっくり考えてみましょう。

難しく考えないでください。 仮置きでOKです。

違和感があれば修正すればいいのですから。

 

次に ①②③④⑤⑥⑦のどれから先に手をつけましょうか?

これはルールで決まっています。 

必ず④から始めて下さい。

④は他の全てのスイッチとなるコア要素だからです。

 

そうそう④を始めると同時に、

10年先、20年先、30年先、40年先の 自分を ビジュアライズしてみて下さい。

何が見えますか? けっこうイケテますか? OKです。

2015年10 月25日

NO.204-1(メインコラム)仕事の定義

今回のテーマは「仕事の定義」です。

 

「仕事」=「職業」+「無償の仕事」

これは、法政大学キャリアデザイン学部 初代学部長 笹川孝一氏(現同部教授)が提唱する

「仕事の定義」です。

氏は自らの著書の中で次のように述べています。少し長いですが引用します。

 

『“無償の仕事”では、自分の仕事が誰の役に立っているのかが明快だという点にある。

自分の居場所や役割、能力の発揮、絆が見えやすく、「生きている実感」が得られ、

自己家畜化からの脱皮」が促されるからである。

“交換価値・金銭の授受を介する有償の仕事=「職業」”と

“使用価値の直接交換をおこなう無償の仕事”という2種類の仕事は、

共に分化し、相互浸透しながら展開する。

だから、人として生きるには、

①有償・無償の2種類の仕事を並行し、組み合わせて、

②2つの仕事の組織作り・強化をおこなうこと、

③それらを遂行する能力を磨くとこが、必須になる。』と。

 

さてこの話 笹川氏の定義で 私が真っ先に思い浮かべるのは 文豪 夏目漱石です。

漱石は、帝国大学を卒業後、高等師範学校の英語教師になるも、

日本人が英文学を学ぶということ、そしてその英語を教えるという自身の「職業」に

対して違和感を覚えながら仕事を続け、ついに精神衰弱になってしまいました。

その漱石を救ったのが 彼が「無償の仕事」として続けていた俳句や文章を書くことでした。

彼が「ホトトギス」に投稿した処女作『吾輩は猫である』が大ヒットして、

「有償の仕事」と「無償の仕事」が入れ替わったのです。

それは漱石49歳の生涯を閉じる10年前、39才の時でした。

 

さて最後に、「仕事の定義」の実践編です。 「無償の仕事」 ぜひ検討してみて下さい。

きっと 「生きている実感」が得られ、「自己家畜化からの脱皮」を促します。

「仕事」=「現在生活を支えている有償の仕事」

+「アフター5や週末を使って 経験を得るために行う無償の仕事」

+「アフター5や週末を使って 得意な分野の磨きを深めるために行う 副業のお助けコンサルティング」   

+「アフター5や週末を使って 興味ある分野の学びを深めるために行う  無償のデジタル出版」

 

どうでしょうか?