« NO.195-1(メインコラム)卒業式 | メイン | NO.197-1(メインコラム)遺書の行間 »

2015年4 月11日

NO.196-1(メインコラム)歴史とは何か?

今回のテーマは「歴史とは何か?」です。

 

先日、文部科学省が、2016年度から使う中学生の教科書の検定結果を次のように公表しました。

『教科書作成の指針となる学習指導要領解説書の改定し、領土教育の強化を求めた結果、 地理、歴史、公民で合格した18点の全ての教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を取り上げ、 またほとんどの教科書が「竹島」と「尖閣諸島」を「日本固有の領土」として記載することになりました。』

 

教科書制作会社も検定を通すために必死に対応したのでしょう。

 

歴史問題。

と一口に言われますが、

私にとって、「歴史とは何か?」。

そのことを改めて考えさせられる出来事でした。

 

私は、高校を卒業するまで、「歴史」は、

『世界中の人が「同じ事実」として認識している過去の出来事』である。

と疑いもなく認識していました。

その私の認識が覆されたのは、いまでもはっきりと覚えていますが、

浪人時代に通っていた予備校の「世界史」の授業の中の予備校教師の話しでした。

その予備校教師(当時 20代半ばぐらいの人)は、我々予備校生にこんなことを言い出しました。

 

『いまの君たちは、余計なことを考えず、テキストに書かれていることを覚えることに専念してくれればそれで良い。ただ、君たちが大人になった時、改めて「歴史とは何か?」。そのことに向き合わざるを得ない時がきっと来る。

その時のためにいま2つのことを君たちに話しておく。

1つは、いま君たちが学んでいる世界史は、あくまでヨーロッパのキリスト社会の視点で書かれた通説の1つにすぎない、ということだ。

例えば今日 君たちが学んだ十字軍のこと。

これは中東のイスラム社会の視点で書かれた世界史とは 180度異なる内容である、という事。

これは、どちらの方が正しく、どちらの方が間違っている、という問題ではなく、見る視点が違うのだ。

また、いま私は「中東」と言ったが、これも西欧から見て、インドが「東」、日本が「極東」、西欧とインドの中間にあるアラビア語の地域あるいはイスラム教の地域を彼らの距離感から「中東」と命名しただけで、「中東」の人たちは自分たちのことを「中東」とは言わない。日本人は自分たちのことを「極東」とは言わないのに、「中東」という言葉は平気で教科書でも使っている。

2つ目は、そうは言っても彼らの世界観もけっして1つではないと言うことだ。

たとえば「アメリカの教科書では、ワシントンは英雄扱い」であるが、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱い」である。

ただここで大事なことを君たちに伝えておきたい。

それは、アメリカの教科書には、「イギリスの教科書ではワシントンは悪党扱していること」がちゃんと欄外に記載されている。同じくイギリスの教科書には、「アメリカの教科書ではワシントンを英雄扱いしていること」が同様に欄外に記載されている。

だからイギリス人もアメリカ人も大人になって相手のことをビックリしない、ということだ。』

 

彼の話は、こんな内容でした。

 

さて、改めて、歴史問題を考えたとき、

「大人たちが歴史認識の問題を自分たちの世代で解決できない以上、

子供たちが、子供たちの世代で解決できるよう、その素地を教育の中に埋め込む必要があるのではないか?」

そんなことを私は思うのですが、 皆さんはこのニュースを見てどう思いましたか?

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
https://www.typepad.com/services/trackback/6a0120a778e143970b01b8d100919a970c

Listed below are links to weblogs that reference NO.196-1(メインコラム)歴史とは何か?:

コメント

フィード You can follow this conversation by subscribing to the comment feed for this post.

この記事へのコメントは終了しました。